僕と三課と冷徹な天使

またね

次の日の朝、
コオさんはいつもと同じように

「おはようー」

と言って机を拭いていた。

この姿もいつまで見られるのかなと
思ってしまって
昨日言ったことを後悔しそうになる。

「おはようございます」

僕も掃除機をかける。

『言いたいことはできるだけ言って』

コオさんに言われた言葉をまた思い出す。

なぜ今思い出すんだろう。

でもその通りだな。

今、言わないと。

僕は掃除機をしまって

「コオさん、僕、昨日シチューを作りました。
 牛肉がすごく柔らかく煮えて、
 二日目の今日も絶対美味しいと思うんです。
 良かったら食べにきてください。
 ワイン飲んでもいいですよ」

いつもの自分を思い出しながら言った。

コオさんは笑いながら

「断らないと思ってるでしょ。
 もちろん行きますけどね」

と言った。

僕は普通に誘えてよかったと
安心しながら、話を変えた。

「・・・秘書課の話、
 みんなびっくりするでしょうね」

三課のみんなを思い浮かべて言う。

「昨日電話したよ。ひとりずつね。
 多分速攻で引き継ぎさせられるから」

と苦笑いしながら
コオさんは言った。


コオさんの予想はあたった。

早速朝イチで部長と松井課長が
三課にやってきた。

珍しく三課全員が揃っている。

部長はコオさんが秘書課に行く話を
みんなにして、
コオさんには松井課長に
仕事を引き継ぐように言った。

みんな既に知っていることなので、
文句も出ず、
僕は少しつまらない気持ちになった。

早速コオさんは松井課長に引き継ぎをしている。

頭がいい二人なので、
さくさくと話が進んでいる。

やっぱりあっという間に
引継ぎは終わってしまった。

松井課長はあっさりと

「じゃ、秘書課に荷物を持っていってください。
 社長がお待ちですので」

と言った。

コオさんが怒るんじゃないかと思っていたが

「はーい」

と素直に言って
荷物をまとめはじめた。

松井課長は

「では、一課に一度戻ります。
 何かあったら遠慮なく連絡ください。」

と僕に言って、三課を出て行った。

そのとたん、吉田さんが

「もう秘書課行っちゃうのかよ。
 はやすぎるだろ?」

と言った。

「よっぽど急いでいるのね。
 コオさんの気がかわらないうちに、
 はやく引きこめ、と思っているんじゃない?」

あっこさんも言う。

「あー、やっぱり止めますって
 コオさんさらっと言いそうだしね」

じゅんさんが言った。

「あなたたちじゃないんだから、
 そんなこと言いません。
 まあ、実際そう思われてそうだけどね」

引き出しを片付けながら
コオさんは笑って言った。

「・・・あ、社長室のチョコ、
 みんなへのお礼にしちゃお」

と言ってコオさんは
引き出しから出てきたチョコを
みんなに配り始めた。

「お前、人にもらったものでなあ。
 ・・・まあお前らしいわ」

吉田さんが言った。

「どうせちょくちょく遊びにくるんだろ」

少し小さい声で言った。

「多分ね」

コオさんの声も小さい気がした。

「飲むときは誘うからな」

吉田さんは言った。

「うん。誘わなかったら怒るから。
 ・・・じゃ、行くわ」

コオさんは荷物を持って立ち上がった。

昼寝用のクッションを小脇に抱えている。

本当に行っちゃうんだなあ。

「じゃ、またね」

と言い
下柳課長にはしっかりお辞儀をして
コオさんは三課を出ていった。

その日、コオさんがみんなと会うことは
もうなかった。
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