この恋、永遠に。
 正論を突かれ俺は一瞬言葉に詰まった。大人しくて従順な彼女が嘘を吐いていることは考えにくいが、確かに俺は美緒と知り合って間もない。小さい頃から彼女のことを知っている孝の方が理解していることだってあるだろう。孝は、何か知っているのか?

「つまり、美緒が俺に何か隠していることがあると、そして、お前はそれが何かを知っていると、そう言いたいのか?」

 一瞬の動揺を打ち消すように俺は孝を見据える。孝はほんの一瞬、その顔から笑顔を消したが、すぐにそれは元に戻った。俺の気のせいだったかもしれない。

「極論だね。だれもそんなことは言っていない。ただ、お前らしくないと思っただけさ。いつもなら相手のことを疑ってかかるくらい、冷静に分析してリサーチするのに、彼女に対してはそうじゃないようだから、意外に思っただけだよ」

「…相手によるさ」

 俺は少し冷めてしまったコーヒーを一口すする。そんなことを聞きにここへ来たんじゃない。

「孝、お前が美緒と知り合いなのは分かった。だから聞くが、あの夜のことは偶然じゃないんだな?」

 あの夜―――。俺が美緒に声を掛けたのは、孝の一言がきっかけだった。適当な誰かを恋人役にあてがえばいい、という孝の提案に俺は乗ったのだ。そして美緒に声を掛けた。孝の友人である美緒に。

「そうだね…。それもこの前言ったけど、半分は偶然なんだよ」

 孝が飲み終わったコーヒーのカップを静かにソーサーに置いた。俺はそんな孝の動作を舐めるようにじっとみつめる。相変わらず隙のない男だ。

「僕も結婚して落ち着いた今、親友であるお前にも幸せになってもらいたいと思うことぐらい、許されるだろう?」

 孝が左手薬指にはめられた結婚指輪を見た。つられて俺もそこに視線を移す。孝も俺と同じ種類の人間だと思っていた。結婚には興味を持たず、女とは適当に付き合い仕事に打ち込む。ついこの間までこの男もそうだったはずなのだ。それなのに、突然結婚すると言い出した。それを聞かされたとき、はじめ俺は何かの冗談だとしか思えなかった。だけど真実だった。

「確かにお前の場合はうまくいったさ。俺も最初は驚いたしな。まさかお前の口から結婚なんて言葉が飛び出すとは。だけど、それが俺にも当てはまるとは限らない。そうだろう?実際、世の中の男女が愛だの恋だの騒いで大恋愛の末に結婚しても、うまくいくカップルがどれ程いるんだ?ほとんどの夫婦が生活の為に我慢を強いられた結婚生活を続けるか、あるいは離婚するかのどちらかだろう。そしてそれは今後のお前にも言えることだ」

 俺の言葉に孝は眉根を寄せた。機嫌を損ねたのだろう。少なくとも今のところ、孝のところの夫婦関係は良好だ。俺も友人としてこの夫婦の不和を願っているわけではない。ずっとその幸せが続いてくれればいいと思っているのは本当だ。だが、現実はそうじゃない。いくらそう願っても、うまく行かないことの方が多いのだ。

「心配してくれるのは嬉しいが、俺のところは問題ないよ。今のところはね。もっとも、今後もどうにかなることはないと俺は信じているよ」

 孝は淡々と言葉を並べる。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
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