大切なものはつくらないって言っていたくせに
祐樹が恋に落ちたあの日
俺が、遥に惚れてしまったと気がついたのは、忘れもしない2人で 公園にピクニックに行った時だ。
店の定休日で、気持ちの良い春がやってきた日だ。
本当はフェルと3人で、ピクニックしようということになり、2人のシェフが弁当を作ってきてくれる事になっていた。
確か、日本には花見というのがあって、、、という話題から、ローマでだってできるわよ!と意地になったフェルが企画したピクニックだった。
なのに、当日フェルの飼っている仔犬が下痢をしただとかなんだとかで、奴が来れなくなり、俺と遥だけで花見をする事になったんだ。


なにしろ、俺を瀬田佑樹だと最初気がつかないくらいだったんだから、遥は俺の事を有名人扱いしないし、映画俳優という職業を色眼鏡で見たりはしなかった。 だから第1印象から気さくで飾り気のない自分をお互い見せることができたのかもしれない。

八つも年下だし、化粧っ気もなくただひたすら自分の夢に向かって毎日ビストロで料理の修行をしている遥は、自分の周りにいる女たちとは違って、尊敬できる年下の妹みたいな存在だった。

そう、俺たちはお互いプロフェッショナルとしての誇りを理解し、それぞれを尊重していた。
だから、俺がどんなに女たらしで遥のレストランに女のトラブルが舞い込んでも、しょうがないなあというような諦めの感情が遥にはあった。そして、ビストロのメンバーもみんなイタリア男だから、逆に俺の事を羨ましがって賞賛してきたりして。

すごく、いい仲間たちだったんだ。そして日本の喧騒から離れて、俺はすごく居心地の良いホームを手に入れた気分だった。

ピクニックは、遥の手作りの弁当と冷えた白ワインで最高のご馳走だった。
俺は、昨晩役作りの研究で遅くまで起きていたから、白ワインがまわって、ポカポカした陽気も手助けしたのか木陰の下でそのままうたた寝をしてしまった。
かぜが気持ちよくて、緑や土の匂いが鼻をかすめる。俺は幸せな気持ちで、すっかり眠りに落ちてしまった。
どのくらい眠っただろう。

蝶か何かが俺の鼻の上をとまるかとまらないか、そんないたずらな感じに俺はゆっくりと目を開けた。
横には、体育座りをした遥が静かに文庫本を読んでいる。 ふと気がつくと、横になった俺の胸には遥のタータンチェックのひざ掛けがふわっとかけられていた。
俺は、そのままの体制でじっと遥の横顔を見上げる。数秒して、その視線に気がついたのか、遥がふと俺の方を見やって、いつものあのふわっとした笑顔で
「あ、起きた。」
と一言。
その瞬間だった。あ、ヤバイ。と。
俺は、目をそらし、ゆっくりと起き上がる。
こんな風に無防備に人の前で寝てしまったのも迂闊だったが、それよりももっと油断していた。





俺は、遥が好きだ。木々の隙間から木漏れ日が差してきたその下で、俺はその時にハッキリと認識したんだ。




多分、前から本当は惚れていたんだ。とも思った。たった今、気が付いただけで。
初めて会ったあの日から、歌うように俺にメニューの説明をしてくれた日から、あの厨房で無駄のない美しい動きで調理に真剣な横顔を見た時から、本当はずっと惹かれていたんだと。
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