夏の日

首都決戦

若林治は58歳。京都で土産品店をやっている。
夜はとある団体の地区幹事である。

妻と息子娘の4人でマンションに住んでいる。
息子は大学生娘は高校生だ。

妻は昼前に店に来て花壇の世話をしたり、
隣の店のパートのおばちゃんとおしゃべりしたり
時々店を手伝ったりしてとても健康的な毎日を送っている。

6月のある晩地区の集まりがあった。
日ごろは温和な総地区部長が、

「みなさん、ご苦労様です。いよいよ首都決戦
の日が近づいてまいりました。この中に東京に
友人知人のおられる方はいませんか?若林さんは?」

若林は急に名指しされて言葉に詰まった。
「あのう、いることはいるんですが二人」
「ほう、何区の方でしょうか?」
「二人とも足立区ですが・・・それが」
「それが?」
「別れた前の嫁はんと娘なんです」
「・・・・・」

「毎年夏の出張の時に、こちらから一方的に連絡とってるだけ
なんですが、おととしその娘が結婚して去年子供が生まれたとかで。
しかしこのことが今の妻にばれるととんでもないことになりますので、
どうしたものかと迷っています」

「そうですか・・・・会いたいでしょうね」
「ええ、それはもう。前の嫁さんはいいとしても、娘の旦那と孫には
あって見たいです。幸せな雰囲気さえつかめれば、安心なんですが」

「そうですか。それではしっかりと勇気を奮い起こして会って来て下さい。
今の奥さんには選挙の応援に日帰りで東京に行ってくるということで、
我々も協力いたします」

「ええ、今の妻は活動には大賛成なのですが」
「相手さんに選挙の事は無理して言うことはありませんよ。
勇気を奮い起こして会ってくる。それだけで十分です」

「わかりました。しっかりと勇気を奮い起こして行ってきます」
若林の顔は輝いていた。拍手が起こる。
他にもニ三人が手を上げて会は終わった。

その晩帰宅して若林は妻に言った。
「首都決戦で地区の責任者としてとにかく1日でも
東京に行かなあかんのやが」

「それは是非行ってらっしゃい。私がなかなか活動できないから
私の分も戦ってきてください。店は暇な時期だから大丈夫よ」
「そうか。千葉の甥っ子にも会うてくるわ。原宿の友達と
蔵前の仕入先と、結構大変や」

「わざわざ京都から来たという事がすごいことなのよ、
気をつけて行ってらっしゃい」
「よっしゃ、ほな頑張って行ってくるわ」
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