今度こそ、練愛

山中さんが川畑さんだと仮定して話してみようと思った。



川畑さんが代行の仕事で相手にした顧客の中のひとりが私だとして。仕事だと割り切って、簡単に顧客との情報を忘れてしまっていたとしても、もう一度同じことを話せば思い出すかもしれない。



「宴会がお開きになった後、客先の一人が一緒に帰ろうと言い出して、駅に行く途中で忘れ物を取りに戻ったせいで終電に乗り遅れたんです」

「どうして彼は一人で取りに行かなかったの? ついて行くことなかったのに」



川畑さんはもう振り返らない。
前を見据えた目から感情を読み取ることはできない。少しぐらい思い出して、動揺ぐらい見せてくれたらとは思ったけれど。



「ついて来てと頼まれて断りきれませんでした。最初から私を引き止めようとしていたと、後で先輩に聞きました。終電に乗れなくなるように、わざと忘れ物をしたんです」

「それか……最初から忘れ物なんてしてなかったのかもしれないよ。そういう事を考えていた人なら、考えていても不思議じゃない」



山中さんの答えは、あの時の川畑さんとまったく同じ。山中さんと私の会話を今ここで再現するとしたら、次に続く言葉は。




< 108 / 212 >

この作品をシェア

pagetop