今度こそ、練愛

忙しく私を呼ぶ目覚ましの音。
布団の中で固まっている体に『起きるよ』と呼び掛けながら、スマホのアラームをオフにする。うんと腕を挙げて伸び上がった勢いで体を反転させてから、ゆっくりと体を起こす。



そうだ、もう会社行かなくていいんだ。



会社を辞めたというのに、いつも通りの時間に目が醒めてしまった。早起きしたというのに損した気分。



もう何にも急ぐ必要はない。
化粧するのも着替えるのも、朝食を摂るのも急がなくていい。今日からは何にも急かされることも時間に追われることもなく自分のペースで過ごすことができるんだ。



気分的には解放感でいっぱい。なのに、やたらと体が重く感じられてしまうのは何故だろう。



木戸先輩に辞める宣言をしてから一ヶ月後、私は退職した。
辞めさせられたという感覚はない。むしろ辞めてやったという気持ち。



とりあえず、しばらくは自由な時間を満喫しよう。
仕事をしていた平日にはできなかったことをしてみたい。
それに飽きたら新しい職場を探しに行こう。



母に話すのはそれからでいいかな。
新しい職場が見つかって、落ち着いたら。



会社を辞めたことは、まだ両親にも妹にも話していない。
胸の奥で小さな罪悪感の芽が顔を出して私を見ているけど、今は知らん顔させて。



私はいくつ隠し事を作るんだろう。


< 63 / 212 >

この作品をシェア

pagetop