ジハード
邂逅
やや浅黒く焼けた指で摘んだビー玉は、夏の日差しを受けて目を差すほどに強く光った。
反射的に目を涙が覆う。頬に零れないうちにすぐに袖で目を擦り、ビー玉をポケットに放り込んだ。
「おや、どうしたんだいそれは」
最初、自分に話しかけられたのだと気付かなかった梨香は不審を募らせて声のした方向を振り返る。
そこにいたのは全く面識のない男で、やはり勘違いなのだとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、男はナメクジが這うような歩みで梨香に近寄ってきた。
梨香は、男が歩み寄ってくるスピードに合わせて後じさる。暑さによるものか不可解な恐怖によるものか分からない汗が首筋を伝う中、男は人間臭さを感じさせない歩みを少しも緩めず、結局は梨香の逃げ道を塞いでしまった。
「ビー玉か。君は子供のくせに、そのようなものを懐かしく感じるのかい?」
「……」
どう言葉を返していいか分からない。むしろ、返したくない。そして激しく関わりたくない。大体にして怪しい点が多過ぎるこの男に、警戒するなという方が無理だ。
中年なのか青年なのか外見で判断するにはとても微妙な年齢層。顔のほぼ全体を隠し、視界を狭めているに違いない漆黒の髪。今時何処で売っているのかと問い詰めたくなるビン底眼鏡。猫背な姿勢にはアンバランスな汚れも皺も一つもない白衣。そして更に不格好なことに、履いているのは安っぽさ丸出しの古いサンダルである。
怪しいという以外、どう形容すればいいというのだろう。この何処かの洋画から飛び出てきたような研究者スタイルを。
「あの、私急いでいるので……」
どうにかしてこの場から逃げ出したい梨香は、勇気を持って際限なく口を動かし続ける男の話の腰を折る。しかし男の目は一瞬鈍く輝いたのみで、梨香を放そうという意思は微塵も見られなかった。
「子供の定義というものは、実に難しいね。肉体的には成人を迎えても年齢が一定の基準を越さなければ法律は大人だと認めない。また、親も僅かな時間で成長しきった我が子を大人と認めないだろう。そして、その子自身もだ。第三者が見れば、その子は間違いなく大人なのだがね……」
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