初恋
再会
式に出る、と言ってくれていた母を強引に説得して追い返したことを、
いまさらになって後悔し始めていた。

もう短大生なんやから、親がついて来る子なんかおらへんわ。

そう言ったものの、
初めての一人暮らしの部屋は妙にしんとしていて、
急に寂しさがこみ上げてくる。

テレビをつけて、明日着ていく水色のスーツをクローゼットから出したときだ。

部屋の真ん中に置いてある、白いテーブルの上で携帯電話が鳴り出した。

「もう、オカンかな。心配せんでもええっちゅうねん。」

そうぼやきながら携帯を取り上げて、
とたんにわたしの顔がにやっとゆるむ。

直ちゃんだ。

急いで通話のスイッチを押すと、いつもどおり、
直ちゃんの優しい声がきこえてきた。

「みーちゃん?おれ、直人やけど。今、大丈夫?」

直ちゃんからの電話ならいつだって大丈夫なのに、
いつもこう言ってわたしの様子を気にしてくれる。

「明日、入学式やろ。おめでとう。」

「ありがとう。」

「おじさんかおばさん、来てるん?」

「ううん。お母さん来てたけど、帰った。店もあるし。」

「そっかあ、忙しいもんなあ。」

私の家は理容店を営んでいる。
父と母が二人でやっているんだけど、最近は兄も手伝いに入るようになった。
だからそんなに忙しいわけでもないんだけど。

わたしが少し黙ると、直ちゃんはちょっと違うように解釈したみたいだ。

「みーちゃん、じゃあ明日一人?
よかったらお昼一緒に食べよっか。
せっかくの入学式やし、お祝いしよ、な。」

「え?」

えええええ?
ほんとにほんと?
直ちゃんに会える。
会えるだけでもうれしいのに、お昼一緒に、なんて誘ってもらえるなんて、
もうどうしたらいいかわかんないくらいうれしい。

「そっちで行きたい店もあるし。
あ、他に予定ある?」

「ない、ないよ!ないない。」

「じゃあ、明日迎えに行くわ。」

時間と場所を打ち合わせて、直ちゃんは電話を切った。

わたしはしばらく電話を胸に抱いて、
ぼーっと座り込んでいた。


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