初恋
直ちゃんがコーヒーにむせて、
りゅうさんは紙コップを手から落としてしまった。

あち、あち、と足を押さえているので、
急いでハンカチを渡す。

お店の人が出てきてくれて、ちょっとした騒ぎになってしまった。

ようやく落ち着いた直ちゃんが、

「み、みーちゃん、なんでそんなこと言うん?」
と、まだ少し苦しそうな息の下から言った。

「ごめん。友達が言うから…。」

「お前、つくづく恐ろしいこと考えてるな。」

ハンカチを太ももにのせたまま、りゅうさんが心底おびえたようにわたしを見る。

「友達って、学校の子?」

「この前の、留美ちゃん。」

「お前ら何を考えとるねん。
そんなことあるわけないやろ。」

「わかってるって。」

「みーちゃん、おれショックで死にそうやで。」

「直ちゃん、ごめんね。怒らんといて。」

「怒ってるのはおれや!」

それから延々、そんなひまがあったら料理の一つでも覚えろとか、
子どもは勉強だけしとけとか、りゅうさんのお説教がはじまった。

直ちゃんは、まじめに「それはぜったいに違うから。」と一言だけ言って、
それからはいつもどおりにりゅうさんの話に鋭くつっこみ始めた。

それにしても、と直ちゃんが言う。

留美ちゃんって、りゅうの写真欲しがった子やろ。
せっかく期待してたのに、そう見られてたんやったら望みはないなあ。

すごく皮肉な口調に、りゅうさんはちょっと傷ついたみたいで、

「別に期待してへん。」とすねた。

かわいそうだから、留美ちゃんが「いい感じ」だと思っていることを教えてあげる。

結局こんな風になってしまって、
わたしと直ちゃんの間には何の変化もないけど、
当分はこのままでもいいのかな、と思い始めていた。
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