あなたの一番大切な人(1)
 街は日が暮れて結構たっていたが、たくさんの人で活気があった。

 縦横無尽に動く民衆をかき分けながら、彼は細道に入っていった。

 表大通りにもたくさんの商店があったが、いわゆる貴族向けであった。

 彼にとっては、大衆が利用する少し寂れた趣のある店(要するに小汚くいわゆる庶民向け)の方が、素性がばれにくいこともあり気楽に居座れるのであった。

 城を出た時は邪な感情に支配されていたが、街を歩いている間に気がかわった。

 男だらけのところで下世話な話をしながら、一晩中憂さをはらすのもいいか...
 
 ふと通りすがりの酒場に足を止めた。

 看板は古すぎて何がかいてあるのか皆目見当もつかなかったが、そこから漏れる賑やかな声が彼の好奇心を掻き立てた。

 重く立てつけの悪いドアを押し開けながら店にはいると、店内はかなりの客でにぎわっていた。

 彼は店に足を踏み入れたが、客が暴れているせいか店員も新しい客人のお出ましに気づかなかった。

 いや、気づいていたが無視していた。

 数多くの酔っ払いの相手に店員はほとほと呆れていたのだ。

 はじめは雰囲気に圧倒されおずおずと周囲を見渡した。

 騒ぎはどうやら喧嘩ではなかった。

 取り巻きの中央の二人組が互いに手を握り、腕相撲を行っていたのだ。

 周囲はビールを片手に、どちらが勝つかを賭け合い、勝負が決まるごとに大きな歓声があがった。

 彼も参加したくてたまらなかったが、自分が今いる場所がどういうところかを把握するほうが先決であると冷静に判断し、一番奥の二人掛けの席に座った。

 
< 16 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop