泡沫の少女
「あ、あった!見て、春樹!松茸!!」

「マジ!?」

 キノコが群生しているところがある、というので来てみると、そこは本当にキノコの宝庫だった。

 椎茸、松茸、舞茸。

 たくさんの樹があり、それに群れるように生えている。

「春樹!はい、持って帰って食べればいい。」

 小さなかごに入れたキノコを差し出される。

「おお。ありがとな。…うーん…。」

 春樹は顎に手を当てて唸る。

「どうかしたの?」

 桃色の瞳がこちらをのぞく。

 コトリ、と心臓が動いた。

「いや…やっぱ松茸ご飯には栗だよなって思ってよ…。」 

 泡霞は一瞬、目を見開き、そしてぱっと笑った。

「それならこっち!」

 服の裾をくいくいと引っ張られる。

「おぉ!?」

 そしてしばらく歩くと。

「栗…でしょ?」

「うぉぉお!!」

 そこには栗が落ちていた。

「…私も今日は栗ご飯にしようかな。」

 そう言って栗を拾い出す姿に、春樹も栗を拾い出す。

「おー。すげぇ。むっちゃある。」

 そう言いながら、いがに手を伸ばす。

「やっぱ栗はいいよ…いて!」

「春樹!?」

 泡霞がとんでくる。

 そして、春樹の手を包んだ。

 ぷっくりと血の玉が浮かび…なんてこと、考える暇はなかった。

「やめろ!触るな!!」

 バッと泡霞を突き飛ばした。

「あ…。」

 泡霞が悲しそうに眉を下げた。

「あ…わり…。そういうことじゃなくて…。」

「…春樹もやっぱり怖いの?」

 泡霞の双眸が揺れた。

「違う!!お前はおかしいよ!生きたくねーの!?死にたいのか!?消えたいのか!?」

 春樹は声を荒げた。

「いったい誰が好き好んで死ぬんだよ!?考えてくれ!頼むから…!」

 必死に…懇願と言われても否定できないほど必死に頼み込むと、泡霞はホッとしたように、力なくほほえんだ。

「…き…嫌われちゃったかと思った…。」

 その目は頼りなく揺れていて、彼女の不安が察せられる。
 
「服の上からなら…消えないか…?」

 コクリとうなずく泡霞にフードをかぶせ、上からポンポンと叩く。

「……みんな…私なんて消えれば言いと思ってる。……春樹は…違うんだね…。」

 何も言えなかった。

 浮かんだのは、ばあちゃんの顔。

「…はじめて生きていいって…生きろって言われた。」

 そのときだった。
  
 初めて彼女の涙をみたのは。

 頬を伝う雫の透明さに息を呑んだ。

 その感情の美しさに惹かれた。

 彼女は忌み子だ。

 けど、春樹にとっては、彼女を忌み子と呼ぶ人々よりもなによりも、彼女が美しかった。

 生きる意味を知ったとき、初めて人は美しくなれる。

 何かで読んだ気がする。

 哲学書かなにかだったか。

 この理不尽で悲しみあふれる世界で、生きる意味を知ったとき、喜びや愛しさを知ったとき、人の瞳は世界を美しく見せる。

 春樹は涙を流す泡霞の頭をなでる。

 たった数ミリの暑さが、こんなにももどかしい。
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