「恋って、認めて。先生」

 チラリと比奈守君の方をうかがう。窓際の一番後ろの席になった彼は、物憂げな顔で頬杖をつき窓の外を眺めていた。

 整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。ひいき目なしに見てみても、彼が女子受けする容姿の持ち主だというのは明らかだった。恋愛事にガツガツしてない空気感も女子からモテる要素のひとつなのかもしれない。すごく分かる。分かるだけに、切なくなった。

 今までも彼女いたって言ってたし、女の人と抱き合うのも私とが初めてではないんだろうけど……。


 席替えが終わり、後はすることがないので雑談の時間みたいになってしまった。

 新しい席になり皆がはしゃいでいる中、比奈守君だけが浮かない顔をしていた。ポーカーフェイスながらも、何やら考え込むような感じでスマホを見ている。何かあったのかな?

 気になったものの、教室でそんなことを尋ねるわけにもいかず、生徒達と何気ない話をすることで気持ちを紛らわした。


 ロングホームルームが終わると、移動教室のためA組の生徒は皆、化学室に向かい始めた。比奈守君も、必要な教科書を出し廊下に向かおうとしている。

 次の授業で受け持ちクラスのない私は、そんな皆の様子を見送っていた。その後、誰もいなくなった教室でしばらくぼんやりしていると、誰かが急いでこちらに戻ってくる足音がした。

「忘れ物した!」

 足音の正体は田宮君だった。レクリエーションに向かうバスの中でお菓子をくれた時のように、彼は気さくに話しかけてきた。

「あっちゃん!一学期が終わるまであの席だけど、よろしくね」
「こちらこそよろしくね。忘れ物は大丈夫?」
「忘れ物っていうか……。近くの席になった記念に、コレあげる!」
「え?」

 田宮君が差し出してきたのは、未開封のカイロだった。

「まだ寒い日あるもんね。これ使っていいよ」
「ううん、悪いよ。田宮君が使って?」
「家にいっぱいあるから、一個くらいいいよ。大した物じゃないし、あっちゃんが休んだら皆が寂しがるから。ね?」

 昨日私が風邪で休んだのを気にしてわざわざ家から持ってきてくれたのかな?昨日私が休んだことで、クラスの子達は私が思う以上に心配してくれていたのかもしれない。

「ありがとう。私が言えることじゃないけど、田宮君も風邪には気をつけてね」
「うん!ありがと、あっちゃん!」

 元気に手を振り、田宮君は教室を出て行った。

 マナーモードにしていたスマホがポケットの中で振動したのは、その直後だった。

 ラインの通知。比奈守君からのメッセージが届いていた。移動教室中もスマホを持ち歩いているらしい。待ちわびていたみたいに、私は手早くメッセージを確認した。

《田宮が先生のこと好きっていうの、ただのウワサじゃないかも。アイツにはあまり優しくしないでね。》

 もしかして、席替えのことを気にして?さっき比奈守君がただならない雰囲気でスマホを触っていたのはそういうこと?
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