in theクローゼット

「稲葉も、私のこと好きとかそういうんじゃないんだってば!」

「うわ、稲葉。おまえって篠塚のこと嫌いだったのかよ。ダメだぜぇ、みんな仲良くしなきゃあ。なあ」


 水無瀬の舌っ足らずのような語調が、今日はやけに気に障る。

 水無瀬に合わせて笑う声も、俺を不安定にさせる。


 青山の、視線が――


 耳のなかに心臓があるんじゃないかっていうぐらい、鼓動が速くなる。

 胸に顎がつくほど深く俯いて、瞼をきつく閉じると暗闇のなかに赤い色がはじけた。

 きつく噛んだ唇から、血の味が舌に伝わってくる。


「違うってばぁ!」


 ヒステリックに否定する声。

 それを笑い、はやし立てる声。

 深く俯いた後頭部につきささる、青山の視線。


「――――!」


 はじかれたように、俺は自転車のペダルを踏んでいた。


「稲葉?」


 突然走り出した俺に、篠塚が驚愕の声を上げる。

 それでも俺はペダルをこぎ続け、スピードを増していく。
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