記憶堂書店


感触は残っていないけど、あの時の様子は鮮明に覚えている。

「あずみさんに何か変化が起きているってことだよね」
「あぁ。それが良いことなのか悪いことなのかもわからない」
「良いことって何だろう? 成仏するとか?」

成仏? その言葉に龍臣は少なからず驚いた。
あずみが成仏するかどうかなんて考えたこともなかった。ただあずみはそこに存在する。それだけだった。
もしかしたら、あずみが成仏してしまうということなのだろうか?
では、悪いこととは?

「悪霊になるってことか……?」
「まぁ、そもそもは地縛霊なはずだし、成仏か悪霊かのどっちかなのかもしれないけど……」

修也は困ったように呟く。そしてチラッと龍臣を見た。

「龍臣君にしたら、どっちも嫌だよね」
「……どういう意味だ」

龍臣の声が少し低くなる。怒ったわけではないが、深くは追及されたくないのだろう。
修也もそこら辺は心得ており、「なんでもない」と苦笑して口を閉ざした。

「まぁ、あずみはしばらくは様子を見るしかなさそうだな」

龍臣がそう結論づけてそう言った時。

「あ……」

音が聞こえた。
そう。記憶堂で本棚から記憶の本が落ちる音だ。

「どうしたの?」
「いや……」

龍臣は険しい顔になる。
記憶の本は本当に不思議で、時々外に居てもこうして本の存在を龍臣に知らせるときがある。
そして、極まれにその持ち主が誰なのかがわかってしまうことがあるのだ。
それが本の力なのか、後継者としての龍臣の力なのかは不明だが。
そして、今回の本の持ち主はとてもはっきりとしていた。
その気配を感じてゆっくり振り向くと、部屋の外から声がかかった。

「修也、龍臣君。お茶のお代わりいかが?」

夏代だった。





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