記憶堂書店


「大丈夫ですか? 無理して話してくださらなくても」
「いや、何故だか君に聞いて欲しいんだ」

そう呟いてため息を吐いた。そして意を決したように息を大きく吸い込む。

「そんな時にね、花江はある男性に見初められたんだ」

源助さんはゆっくりと話し出した。
花江は当時、夫の入院費と借金返済のため、修也を源助さん達に見てもらいながら近くの飲食店で働いていた。
そこで、出会ったのが新森という男性だったという。
40代くらいで背の高い、見た目は悪くはない男だったという。
新森は花江を一目で気に入り、何度もアプローチしてきた。しかし、花江は夫も子どももいるからと断った。それでも、新森は諦めなかった。そして言って来たのだ。

「夫と別れて自分の元へ来るなら、夫の入院費と治療費、借金、全てを清算してあげようと」
「全てですか!?」

とんでもない条件を突き付けて来たのだと言う。花江の心は大きく揺れた。借金もなくなり、夫も良くなるならこれほど良いことはない。
けれど――……。

「新森はね、ヤクザだったんだ」

その言葉に龍臣は言葉を失った。
新森は実は暴力団の二代目で花江に後妻になれと言ったのだと言う。
花江は新森を恐れた。いくらお金を肩代わりしてもらうからといって、ヤクザの妻にはなりたくなかった。何より、夫を愛していたのだ。
しかし、花江が断るが新森も諦めなかった。常に職場の居酒屋にも現れるようになり、そのせいで他の客が居ずらくなり客足が遠のいてしまっていた。ついには花江は仕事を辞めざる終えなかった。
そして、病院にも新森が現れるようになり花江はついに観念したのだ。

「ある日、花江は私の所へ来て頭を下げたんだ。修也を預かってください、お願いしますと」

源助さんは組んでいた手を額に当てた。

「花江は当時、この事を黙っていた。私と妻には、夫と別れて遠くで再婚したい、修也は置いていくと。一方的に告げて出て行ってしまった。花江とはそれきりだ」
「え? 花江さんは事実を話さなかったということですか?」

ではどうして源助さんは花江の見に起きたことを知っているのだろうと首を傾げた。龍臣の疑問は伝わったようで、軽く苦笑された。

「調べたんだ。どうしても娘の言うことが信じられなくて、興信所を使って徹底的に調べた。そしてわかったことがこれだったんだ」

源助さんは苦虫を潰したような表情で、ため息をついた。

「修也の父親はどうなったんですか? 亡くなったって言ってましたけど本当に?」
「……新森は約束通り入院費も治療費も全て払ったようだ。でも、彼は助からなかった……」
「そんな……」

修也の父親の葬儀は源助さん夫妻がひっそりと執り行ったそうだ。




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