マネー・ドール
 いったい、俺は何をしに行ったんだろう。杉本の最後の整理を手伝っただけじゃないか。
でも一つ、気がついた。
俺は、真純のことをわかってなかった。わかろうとしていなかった。あいつは重い過去を背負っていて、貧乏から抜け出したくて、派手な都会の女になって、過去を捨てたいんだ。そうだ。結婚式も、母親は呼ばすに代行で両親を雇った。
なのに俺は……あいつの顔や体だけしか見てなかった。もう、セックスも、飯も掃除も洗濯もいい。俺は真純を待つ。真純があの舌ったらずで、ちょっと掠れた声で、今日の出来事を話してくれるようになるまで、俺は待つ。
絶対に、離婚はしない。
俺は、ベンツの中で、そう決めた。決めるしか、俺には道はなかった。もう、真純と離れることはできなかった。

 昨日放り投げた携帯には、やっぱりくだらない女からの着信しかなくて、真純からの着信はなかった。
謝りたい。昨日のことは、本当に悪かった。俺が百パーセント悪かった。
電話をかけたけど、当然、真純は出ない。だからメールを送ることにする。
『悪かった。本当にごめん。話し合いたい。帰って来てくれ』
ソファの上で、三十分かけて送信ボタンを押した。
『送信完了』
もちろん、こんなメール一つで、許してもらおうなんて思っていない。いないけど、このまま終わるのは嫌だ。だって、六年間、一緒にいたんだから。

 しばらくして、電話がかかってきた。
「真純? 悪かった。ほんとに……」
「ご主人ですか?」
え? 誰? 男?
「え……あの……」
「こちらは世田谷警察です」
ど、どういうことだよ……まさか……
「佐倉慶太さんですね」
「そうですが……」
「佐倉真純さん、奥様ですよね」
訴えたのか……
「はい」
「奥様なんですがね、一昨日、レイプ被害に合われましてね……」
終わった……俺の人生、終わった……
「お心当たりはおありですか」
もう、ダメだ……俺は、婦女暴行と強姦罪で逮捕されて、一生そのレッテルを貼られて、生きて行くんだ……なんて、バカなことをしたんだろう。ごめんな、真純。俺は本当に……
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