マネー・ドール
 真純は黙って頷いて、俺は黙って真純を抱きしめた。十四年ぶりに抱きしめた真純は、冷たくて、オトコの匂いなんて微塵もなくて、ずっと痩せていて、長いウエーブの髪には、何本が白髪があった。
もう、戻れない。俺達は、戻らない。戻らなくていい。
ずっとな、俺はお前を重荷に感じてた。だけど、それ以上に……俺は、本当は、本当に、好きだったんだよ。お前の笑った顔、お前の舌ったらずな声、お前の料理、お前の体。全部、俺のものにしたかった。でも、一番欲しかったものは、お前の心で、俺はどうすればそれが手に入れられるのか、ずっとわからなくて、お前のことを傷つけてばかりいた。お前のことを、わかろうとはしなかった。くだらない、ナンパな俺は、いつも、いつも逃げてばかりで、お前に……俺達に向かい合おうとはしなかった。

「そばに、いてくれ」
「……いいの?」
「愛してるんだ、真純」
愛してる。そんなこと、初めてだな。そんなこと、初めて言ったよ。
なあ、真純。お前は? お前は、俺のこと……
「聞いていいか?」
「うん」
「俺のこと……好きか?」
真純は、涙で濡れた目で俺を見つめて、小さな声で、舌ったらずに、でも……はっきり、言った。

「慶太、愛してる」

ありがとう、真純。俺は、その言葉だけで十分だ。もう、何もいらない。お前さえ、いてくれたらそれでいい。
「もう、遅いな。寝ようか」
「うん」
 俺は寝室へ行き、真純は風呂へ行った。シャワーの音が聞こえて、風呂場のドアが閉まる音が聞こえて、ドライヤーの音が聞こえて、隣の部屋のドアの閉まる音が聞こえて……寝室のドアが開いた。
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