きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 風坂先生は一瞬キョトンとした。それから、白い歯を見せて、キラッキラに爽やかな笑い声をたてた。レアだ。超絶レアだ。風坂先生はいつも微笑んでるけど、「あはは!」って笑うとこは初めて見た。
「はははっ、ありがと。嬉しいな、声を誉めてもらえて。高校時代は役者や声優に憧れてたからね」
「ええっ、そうなんですか? あたしも中学のころまでは声優になりたかったんです!」
「ほんと? 声優志望からナース志望に転向なんだ? あはっ、なんだか嬉しい。ぼくと同じなんだね」
 同じって言われた! 同じって言われちゃった! 大事なことなので繰り返すけど、同じって言われちゃったよ嬉しすぎるよ同じだって!
「じゃあ、風坂先生、演劇やってたんですか!?」
「高校時代は演劇部だったよ。大学のころは、ゲームを自作するサークルに入ってて、声の出演や脚本はぼくが担当してた」
「すごーいっ! 自作のゲームで声の出演って、めっちゃ楽しそうですね!」
「単位が危なくなるくらい楽しかったよ。実は、今でも劇団に所属してるんだ。あまり練習に参加できないから、公演のときはチョイ役ばっかりだけどね」
「えっ、今でも舞台に立ってるんですか!?」
「たまーにね」
 なんてマルチな人なの! というか、チョイ役だなんてもったいないでしょ。風坂先生、主役級の素材だと思いますけど? 背も高いし、カッコいいし、声もステキだし。
「ももももしよかったら、今度、風坂先生が出演するとき教えてください! あたし、観に行きたいですっ」
 花束持って行っちゃうって!
「んー、休日に演《や》ることがあれば、ね。いちばん近い日程の公演は、平日の昼間なんだ。とある福祉施設での『いす持参の演劇観賞会』っていう定期イベントで」
「いす持参、ですか?」
「車いす、折り畳たみいす、パイプいす、食卓用にいす、キャスター付きのいす、何でもいいんだけど、観客にはいすを持ってきてもらうんだ。会場では、固定のいすを用意してないから」
 バリアフリー以上のフリーダムだ。車いすより、普通のいすを持っていくほうが圧倒的に不自由じゃん。
「いす持参って、おもしろいですね! すごいです。うわー、あたしも参加してみたい。ソファかついでいきます!」
「ありがとう。じゃあ、公演情報は授業のときにみんなに告知させてもらうよ。ところで、そろそろ移動教室じゃないかな?」
 風坂先生が腕時計をあたしに見せた。ヤバっ、あと3分で次の授業だ。着替える暇ないや。
「先生、つかまえちゃってスミマセン。栄養学、頑張ってきまーす」
「遅刻しないようにね。行ってらっしゃい」
 風坂先生の笑顔に見送られる。朝から妹の世話を焼く優しいおにいちゃんって感じのセリフじゃない? なんていう想像をしてしまった。
 あたしは風坂先生に頭を下げて、回れ右した。初生が、ホッとした顔をする。教室の後ろで、あたしを待っててくれてたんだよね。
「ごめんね、初生。行こっか」
「うん」
「じゃ、風坂先生、ありがとうございました!」
 あたしはもう1回、風坂先生にお辞儀した。そして、初生の手を引いて、スキップして歌いながら栄養学教室に向かった。
「る~ららる~ら~、るららる~ら~♪」
 ご機嫌モードが止まらないー! とか思って絶好調だったんだけど、栄養学の授業が始まった途端、ネチネチ系おばさま先生に集中攻撃されて、バッキバキに心を折られた。がっでむ。
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