きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 シャリンさんがアタシのほうに顔を向けた。
「このステージへのほかのユーザの立ち入りはストップしてある。ルラのセーブデータにバグが出たように、ラフに近寄るのは危険を伴うの。ルラに今以上の悪影響が発生したら、ルラもログインしなくていいから」
「な、何を水くさいこと言ってるんですか! 今さら後には引けませんって!」
「そう?」
「そーですよ! ラフさんの行く末を見届けないと、気が気じゃないです」
「ラフのこと、気になる? 話せることは話してあげるわよ」
「いいんですか?」
 シャリンさんは、うなずきのアクションを使った。
「察してると思うけど、ラフはワタシの恋人よ。ピアズで出会って、現実世界でも出会った。6年も前のことよ。今、彼は眠っている。ワタシはずっと彼を見守ってきて、彼はもうすぐ眠りから覚める。そのはずだったの」
 眠ってる? 例え話なのか、言葉そのままが事実なのか、アタシにはわからない。わかるのは、シャリンさんの声の切なさだけ。アタシはシャリンさんの両手をガシッと握った。
「目を覚ましてもらいましょう! ラフさんの魂をつかまえて体の中に連れ戻したらいいんですよね? そしたら、ハッピーエンドですよね!」
 ふぅっ、という音がスピーカから聞こえた。たぶん、シャリンさんが微笑んだ吐息だ。
「頼もしいわ。おもしろい人ね」
「おもしろいってのは、よく言われます! だって、『ハッピーが正義』じゃないですか!」
「そんなの初めて聞いた」
「我が家の家訓です」
 くくっと、今度はニコルさんが笑い出した。
「すばらしい家訓だね」
 あーもう、ステキすぎますって、その笑い方! おっ、いいこと思い付いた。明日からイヤフォン使おう。そしたら、ニコルさんが耳元でささやいてくれるじゃん。
「ニコルさんも、ラフさんとの付き合いが長いんですか?」
「うん。シャリンよりも、ずっと長いよ」
「親友って感じですか?」
「そうだね。ラフがいたから、今のボクがある。現実世界ではずっと、そういう関係なんだ。ああ、怪しい意味合いじゃないんだけどね」
 よからぬことを考えたアタシを許してください。低く落ち着いててセクシーなニコルさんの声が悪い! 妄想しちゃうし。
 シャリンさんが凛とした口調で言った。
「ワタシの手元には、リアルタイムでプログラム上に現れる乱数を計測して解析する装置がある。ラフがそこにいればわかる仕組みになってるの。何かあれば、すぐにルラとニコルに知らせるわ」
「今は、ラフさんはいない感じですか?」
「そうね」
「じゃあ、チャガタイさんは候補から外れますね」
 ラフさんの魂は、データ容量の大きいAIに吸い寄せられるらしい。だから、チンギスさんちの4兄弟が特に怪しいわけだ。
 アタシがチャガタイさんの名前を口にしたから、アタシの前を歩くご本人が振り返った。
「ルラ、オレに何か用か?」
「いえ、こっちの話で」
「しかし、オマエも少女の身で戦うとは、奇特なヤツだ」
「アタシなんて、全然たいしたことないっすよぉ」
 チャガタイさんはキラッと笑った。一時期、こういう熱血系な先輩キャラにもハマったなー。チャガタイさんの太くてザラッとした声も、男っぽくてカッコいい。チャガタイさんは青い尻尾をバサッと振った。
「オレは勇敢な戦士が好きだ。男は信頼に値するし、女は魅力的に感じる。ルラ、オマエの勇敢さと明るさには心を惹かれる」
「はいー!? いきなりそう来る!?」
 ニコルさんが爽やかボイスで笑った。
「さすがは狼だね」
「ニコルさ~ん」
「いや、冗談抜きで。蒼狼族みたいな遊牧民は、そっちの意味では積極的だよ。厳しい生活環境で、できるだけ多くの子孫を残すためにね。戦や交渉を通じて国や氏族を呑み込むたびに、その王家の女性をめとって子どもを作るから、一族の長は数十人の女性と夜の……」
「なまなましいこと言わないでください! 運営さんの規制、食らいますよ!」
「ごめんごめん」
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