きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 ジタバタしてたら、思いがけず、救世主登場。硬質な美声がスピーカから聞こえてきた。
「チャガタイ、何があった!?」
 フィールドに姿を現したのは、銀色の毛並みのジョチさんだ。冴え冴えと冷たいはずのオーラが乱れてる。異変を知らされて慌てて駆け付けたらしい。
 プラス、ジョチさんの後ろにおまけみたいにくっ付いてきたのは、灰色っぽい毛並みのオゴデイくん。うん、名前、覚えたぞ。
 チャガタイさんがアタシを解放した。ジョチさんに向けて、ニヤッと笑う。おや、今回はイヤな笑い方しないのね。戦ってストレス発散できたのかな?
「遅かったな、兄上。ホラズムの王子ジャラールが放った刺客は倒したぞ。オレと、ルラたち異世界の戦士の力でな」
 ジョチさんがアタシたちを見た。透き通った色の目が、ほんの少し微笑んだ。
 と。
「ラフ、どうしたっ!?」
 緊迫したニコルさんの声。アタシは慌ててカメラの角度を変える。
 ディスプレイの真ん中に映ったラフさんに、アタシは視線を留め付けられた。ラフさんが震えてる。シャリンさんはまだ戻ってきていない。ラフさんを操る人はいない。なのに今、ラフさんの体がガタガタ、ガタガタ、震え続けて止まらない。
「ジョチさんがいるから?」
 セリフの切れ目で止まったまま、ジョチさんは動かない。ニコルさんはセリフ送りをしないまま、ラフさんのほうへ手を伸ばした。かすかな声が聞こえた。ラフさんじゃなく、アサキさんを呼ぶ声が。
 ラフさんは応えない。表情ひとつ動かない。ただ震えている。ガタガタ、ガタガタと。
 やがて、ニコルさんは腕を下ろした。
「ボクじゃ何もできない」
「ニコルさん……」
「シャリンの解析装置がなくても、わかるよね。ラフは確かにここにいて、データを掻き乱してる。それなのに、ボクでは力不足だ。今ここでラフのためにできることは……いや、今だけじゃない。いつもいつも、ボクは何もできない」
 絞り出すように、苦しそうに、ニコルさんは言った。
 何か言葉をかけてあげたい。でも、どんな言葉も浮かばない。
 ジョチさんが口を開いた。ニコルさんのユーザさんがセリフ送りのボタンを押したんだ。ゲームのストーリーを進めるためと、ニコルさんの心を隠すために。
「チャガタイ、なぜオレを呼ばなかった?」
「1度、遠吠えしたぞ」
「ジャラールの魔力のせいでしょう」
 オゴデイくんの推測にうなずいて、ジョチさんは、チャガタイさんの顔を見ずに告げた。
「ウルゲンチの交渉が変に長引いているのは、ジャラールの策略だったんだな? 薄々勘付いてはいたが、オマエの前では意地を張ってしまう。正直にジャラールの罠だと認められずにいた。オレの判断の誤りからオマエを危険な目に遭わせて、すまなかった」
 チャガタイさんが、ひるんだような顔をする。
「まあ、その、なんだ」
 オゴデイくんが、そーっと間に入った。
「とにかく、みんな無事でよかったです。ジョチにいさんも決心がついたでしょう? 戦うべきときは、戦うしかないのです」
 ジョチさんはオゴデイくんの肩に手を載せた。
「オマエに任せる」
「え?」
「ウルゲンチに攻め入るとき、オマエに一番槍を任せる」
 チャガタイさんがオゴデイくんの頭をぐりぐりした。
「そうだな。オゴデイが一番槍なら、オレにも文句はない。兄上だったら認めんがな!」
 オゴデイくんは緩衝材なのかな? 存在感も害も毒もないって感じだもんね。
 兄弟のそんなやり取りの間にも、ラフさんは小刻みに震え続けた。こんなこと言っちゃ悪いんだけど、呪いの人形みたいだと思った。不気味だ。アタシは見て見ぬふりをした。
 ジョチさんが冷静な口調でシーンを締めくくった。
「とにかく軍備を整えておこう。異世界の戦士よ、オマエたちもだ。今はちょうど、旅の商人が軍営を訪れている。必要なものがあれば買い求めるといい。では、行くぞ、オゴデイ」
「はい」
 ジョチさんがオゴデイくんを連れて去っていった。
「震えが止まったね」
 ニコルさんがささやいた。ラフさんはもとのとおり、伏し目がちに立ち尽くした。
 ブツッと音がした。リップパッチの通信が入った音だ。シャリンさんのアバターが動き出した。
「ストーリーに進展があった?」
 シャリンさんの声がスピーカから聞こえてきた。痛々しいタイミングだ。ラフさんの異変、どう説明すればいい? ニコルさんが、にっこり微笑んでみせた。
「ログアウトしてから電話するよ」
 ニコルさんの笑顔は、生身の人間じゃないのに、優しすぎて切なかった。
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