きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 何の感情も宿さない目が赤く染まってる。手にした武器は半月剣《シャムシール》。ジョチさん本来の武器じゃない。蒼狼族は弓矢使いだ。
 ニコルさんが索敵魔法を発動させた。
「ジョチの意識はイフリートに冒されているみたいだな。パラメータボックスを見てごらん。イフリートと並んで、ジョチのヒットポイントも表示されている」
「ほ、ほんとですね。しかもジョチさん、じわじわ弱っていってる」
 イフリートがゲラゲラと笑った。
「オマエたちがオレを倒すのが先か、ジョチが弱って死んじまうのが先か。言っとくけどな、ここはジョチの精神世界だ。ジョチがくたばっちまったら、オマエらもオダブツだぜ」
 ニコルさんが、ぼそっと苦言を呈する。
「ペルシアやアラブの伝説に登場する魔人が仏教用語を使うとは、設定が甘い」
「どーでもよくないですかー?」
 シャリンさんが剣を構え直した。
「ふざけたバトルを仕掛けるんじゃないわよ。何がなんでも、ジョチをつかまえなきゃいけないの!」
 シャリンさんのコンボ設定が解除された。スキルのBPMは∞。これ、配信されてる中で最高ランクだ。途中でBPMが変速するやつ。最初が333で、222まで落ちて、ラストは444。
 地獄な難易度のスキルをPFCで完成させて、シャリンさんがまがまがしくも神々しい光のオーラをまとう。イフリートへと突っ込む。その進路に、ジョチさんが立ちはだかる。
「邪魔よ! どいて!」
 シャリンさんが進路を変える。スキル発動。凄まじい速さの突きが連続して繰り出される。
 “Infernal Izanami”
 ヒット判定が出る寸前、イフリートの姿が消失した。シャリンさんの攻撃が炸裂する。ダメージを示す数字が飛び散る。
 シャリンさんがつぶやいた。
「しまった……!」
 イフリートじゃなかった。そこに立っていたのは、ジョチさんだ。ジョチさんのヒットポイントが激減する。
「ジョチにいさんっ!」
 オゴデイくんが走っていって、ジョチさんを助け起こそうとした。その足が、直前で止まる。傷だらけのジョチさんがオゴデイくんに剣を向けている。
 すかさず、シャリンさんが素手でジョチさんにつかみかかる。よけられる。ジョチさんが剣を振るう。シャリンさんが飛びのく。
 イフリートが再び、ジョチさんの背後に現れた。
「言ったはずだぜ? ここはジョチの精神世界で、オレはジョチを操ってる。つまり、オレはここでは何でもできるってことさ」
 ニコルさんがピシリと言った。
「シャリン、今は下がって」
「でも」
「下がって」
「……わかったわ」
 シャリンさんが戻ってきた。オゴデイくんが呆然と立ち尽くしてる。
「オゴデイくん、そこにいちゃ危ない! 戻ってきて!」
 アタシが呼んだら、オゴデイくんはハッとした様子で走ってきた。
「ジョチにいさんを助けてください。イフリートの魔術は完全ではありません」
「そうなの?」
「イフリートはジョチにいさんを操るのに精いっぱいです。その証拠に、攻撃してこないでしょう?」
 確かに、攻撃してるのはジョチさんだけだ。しかも、こっちに向かってくるんじゃなくて、反撃だけ。
「ニコルさん、これって、戦っても倒せなくてループするタイプですよね?」
「うん。キーワードで洗脳を解除していくタイプの、ストーリー型のボス戦だね。ここはルラちゃんに任せるよ」
「アタシですか!?」
 ジョチさんは無表情で半月刀《シャムシール》を構えている。赤く染まった目が、魔術に冒されてる証。魔術から解き放ってあげるには、言葉をかけるしかない。キーワードにヒットすれば、だんだん正気を取り戻していくんだ。
 でも、アタシひとりでやるの? ニコルさんのほうが知識を持ってるのに? シャリンさんのほうがずっと頭いいのに?
 オゴデイくんが切実な表情でアタシを見つめた。
「オレの声は、今のジョチにいさんには届かない。むしろ傷付けるだけです。ルラさん、お願いです。ジョチにいさんを元に戻してあげてください」
 繊細な声に、うるうるした目。そんな顔されたら、アタシは弱い。
 うん、相手がAIでも、アタシの信条は変わんないもんね。誰かが困ってたら、助けてあげたい。よーし、やってやる!
「ジョチさん、聞いてください! 死にたいなんて思っちゃダメだよ。自分を責めちゃダメだよ」
 すとん、と背景が変わる。
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