深淵の縁から
「あのー、それは何と読むのでしょうか?」

「ああ、これは『いみかくし』と読むんだよ。聞いたことないか?もう80年以上前に消えてしまった村なんだけどね、その場所も消えた理由も一切が不明だったんだよ!それがね、これにあったんだよ!その場所を示す書き込みが!」

それでかと合点がいった。

教授は廃村を巡るのが趣味なのだ。

暇があれば古い地図を広げて、現在の地図と照らし合わせては、もう無くなってしまった村を探している。

休みが取れれば一人でや、僕のような生徒を強引に連れて廃村を訪ねて歩いている。

一度、一人で廃村を探しに出掛け、一週間も遭難したのに全く懲りていないのだ、この人は。

何か理由を付けて断ろうと考えていたら、研究室のドアが開いた。

「教授、廊下まで声が筒抜けでしたよ。また廃村ですか?懲りませんね。」

入って来たのはこの研究室唯一の女性『川原 麻衣』だった。

身長が高くスレンダーなのだが、残念なことに服装や髪型には無頓着で、分厚いレンズの眼鏡のせいもあって美人とは程遠い。

眼鏡を外すと綺麗な顔はしているのだが、それを言うと恐ろしい目で睨んでくる。

中国史が好きな様で、漢詩等が来ると真っ先に飛び付いている。

「忌隠村ですか?実在した村だったんですか?ネット上の噂の類いだと思ってましたけど」

川原さんはその村の名前は知っている様で、谷中教授に訪ねながら、教授の腕の中の書物に目をやった。

「実在した村なんだよ!大発見だぞ、これは!ロマンを感じないか?」

教授が大事そうに抱き抱えている書物を指差し、川原さんは冷めた声で言った。

「読んでみないことには分かりませんよ。長谷川君だって読まないことには同行できないでしょ?読ませてくださいよ、それ。」

何とか断りたいと思っていた僕の希望がその一言で崩れ去った。

読んだら行かないわけにいかなくなるに決まってる。

ただ、意外なことに、川原さんが廃村に興味を示している。

いつも馬鹿にしたようにしているのに。

「面白そうなら私も同行します」

その一言に僕は思わず声を上げていて、川原さんに睨まれてしまった。

「長谷川君はこの村の話知らないのかしら?どの地図にも載っていないのにまことしやかに村の名前が囁かれ、でも誰もその実際の場所を知らない幻の村。政府の陰謀で消された村なんじゃないかとさえ言われてる村なのよ。」

ネットはたまにググる位しかしない僕がそんなこと知るはずがないじゃないかとは言えず、僕はただ取り繕うように笑うしかなかった。
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