【完結】セ・ン・セ・イ
元教師だから出来ること、センセイだから出来ないこと
「なーにしてんだ、俺」


自室に籠りベッドに仰向けに倒れ込むようにして、未だ彼女の感触が残る右手を天井に向けてかざす。

見えているのは自分の手の甲なはずなのに、そこに浮かぶのは瀬戸朱莉の様々な表情だった。


一体いつから、この気持ちが育っていたのだろう。

一緒に過ごした短い期間を思い返し自問しても、明確な答えなどどこにもなかった。


「――ハッ」

漏れた笑いは、自嘲。

追い続けた夢が故の、渇き。

気が付いた恋心がもたらした甘さは1人になった途端に鳴りを潜め、渋味と苦味だけが広がった。


子どもは親の前ではいつまでも子どもだし、親は何があっても親なのだとついさっき母さんが言っていた。

同じことだ。

俺が菅井先生を卒業後いつまで経っても恩師と思っているように。

朱莉が俺の呼称を『センセイ』から変えられない、それが全て。


契約が解除されたところで、俺が彼女の家庭教師で、彼女が俺の生徒だったという事実は消えない。

それは頑なに『聖職者』を目指してきた俺にとって、抗い難い背徳感だった。


――『俺たちまだ教師じゃないの。立場上先生って呼ばれてるだけで、ただのアルバイトよ』――


不意に、いつかの裕也のセリフが蘇った。

アイツみたいにそう割り切ってしまえれば、自分の気持ちに素直になれるだろうか。


「……アイツ、絶対笑うよな……」


笑いの種になどなってやるものか。

改めて、自分に言い聞かせるように唱える。

俺の夢、教師のあるべき姿、目指すもの、理想、――そして、自制と、自戒。


かざしたままだった右手で拳を作り額に打ち下ろすと、意図して声に出し「よし」、と呟く。

解放されたばかりの感情に、出来ればもう二度と出てこないでくれと願いながらフタをした。
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