しょっぱい初恋 -短編集-
たった一言





なんで私は……




「おはよー……」

「ん……」

「朝ご飯、テーブルの上に置いといたから起きたら食べてね」

「未来(みく)…」

「じゃ、私これから朝練だから」


――パタン……

「はぁ」


なんで私は、こんなにも疲れてるんだろう。

閉じられたドアに凭れかかれば、背中が張り付いたように体が動かなくなった。

この2本の脚で立つのももう限界。




「……」




でもそんなことは言ってられない。だって私なんてまだまだメンバーとして役に立ってないんだから。

今よりももっともっと頑張らないと。
太一(たいち)までとはいかなくても。




「ふぅ、だる……」




本当に、泣きたくなるぐらい頑張ってるつもりなのにな。

きゅっと締め付けられた胸を深呼吸で誤魔化した。





_____
____






「未来」




昼休み。

この時間が実は好きだったりする。
誰もいない静かな屋上でご飯を食べる時が、唯一のリフレッシュタイム。

すると屋上のドアがパタンと開いて、いつもの聞きなれた声がする。

ちらりと目だけを動かせば、予想通りの彼の姿があった。




「なに? 太一」

「大丈夫?」

「なにが」

「凄く疲れた顔してるけど」

「そりゃあね、昼は勉強、朝と夜は部活三昧だもの」




で、なに? と終始声のトーンを変えないで太一に言った。

太一は困ったように眉を寄せていた。




「これね」

「……」




ぴらりと手渡された紙は、さっき担任に提出しに行った生徒会の書類だった。

そして「ここの部分に不備があるって」と修正個所を指差した。




「あとここも……」

「ん。でも、一から書き直した方が早いから新しいのもらってくる」




あぁ、最悪。

よりによって彼の前でこんな失態をしてしまうとは。

太一の手から用紙を取る手が、とても乱暴だったことは自分でも分かった。




「じゃ」

「未来」

「なに?」

「いや……」

「私急いでるから出来るなら後にして」

「……」




いらいらいらいら……

話すたびに、顔を見るたびに、いらいらして仕方がないのはなんでだろう。

別に太一の事が嫌いなわけじゃないのに。




「……はぁ」




自分から冷たく当たったくせに。

彼の溜め息にズキンと胸の奥が痛くなる。




「分かった。今日はどうする?」

「今日は太一んち行かない……じゃ」


――グイッ

「……!」

「あんまり溜め過ぎるなよ」




その場を去ろうとした私の腕を掴んで引き寄せた太一。

耳元でそう囁いたかと思えば、ポンと私の頭の上に手を載せる。


今日初めて太一の顔をちゃんと見た気がする。

その顔は、呆れた顔でも困った顔でもなく、すごく優しそうな顔だった。




「……うん」




八つ当たりだってことはとっくに分かってた。

だって私の彼氏でもある太一は、文武両道のうえに容姿端麗で。

生徒会長でもある彼は廊下を歩けば、誰もが彼を目で追うそんな存在。

一方私は、何をやってもいつも中途半端で終わるような、ダメ人間。

生徒会書記の立場だが、太一とは違って私の代わりになる人間などいくらでも居るだろうし、私以上の人間も沢山いるだろう。

そんな私がどうして太一のような人と付き合っているのか。
自分でもよく分からない。

釣り合わないのなんか分かってる。

でも最初はそんなことより、太一と付き合えたことが何より嬉しかったから。

好きって気持ちで一杯だったから。


こんなちっぽけなことで気に病むこともなかった。




『あんまり溜め過ぎるなよ』

「……ごめん」




一番近い存在であるはずのあなたに、私はどうしても相談したくない。
何故だか知らないけど、とっても怖いの。




「もう疲れた……」




――人と付き合うってこんなにも疲れるものだったっけ。

新しくもらった用紙が、いつの間にか手の中でくしゃくしゃになっていた。




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