麗雪神話~麗雪の夜の出会い~
翌日、一晩中彼女のことを考えすぎて寝坊をしてしまったディセルは、先に出勤したというセレイアを追って白銀の神殿を訪れた。

しかしどこを探しても、セレイアの姿が見当たらない。

次はどこを探そうかと廊下をさまよっていると、見慣れた人影をみつけた。

「フリムヴェーラ! おはよう!」

「まあ、ディセル様。おはようございます。でももう昼近いですわよ」

「神人だって寝坊くらいするさ」

「うふふ」

「ところでフリムヴェーラ、セレイアを見なかった? どこを捜しても、見当たらないんだ」

「ああ、それなら…」

フリムヴェーラがにこやかに告げた台詞を、ディセルは生涯忘れることはないだろう。



「ご婚約者のヴァルクス王太子殿下の所ですわ」



――――。

ディセルの頭はめまぐるしく動き、言葉の意味を理解しようとしている。

恋愛小説にも出てきた単語だ。

婚約…婚約。

ディセルが返事に窮しているのを意味がわからなかったととったらしく、フリムヴェーラは親切に解説してくれた。

「婚約者とは、結婚の約束をされた方のことですよ。それはもう、お二人はお似合いの恋人同士なのですわ」


―結婚。恋人。


ディセルは目の前が真っ暗になったような気がした。

そのままどうやって屋敷に帰りついたものか、まったく記憶がない。

ただ気が付くとセレイアの屋敷の与えられた客間に戻り、立ち尽くしていた。

鈍器で殴られたような衝撃。

激しい胸の痛みを、ディセルはどうすることもできない。

「セレイア…」

呟くと、体から一気に力が抜け、ディセルは床に座り込んだ。

外が暗くなるまでずっと、ディセルはそうして胸の痛みに耐えるしかなかったのだった。
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