麗雪神話~麗雪の夜の出会い~
そう、ヴァルクス王太子はもう、この世にいない。

それがここ数週間でディセルが手にした、驚くべき情報であった。

気付いたきっかけは、大巫女とセレイアとの会話だ。

街の人々と違い、彼女らはことさらに「今」という言葉を連呼した。まるで何かを隠すように。今、彼がまるで存在しているかのように、見せかけようとでも言うように。

その違和感のもとをたどって、調査を進めるうち、様々な情報が飛び込んできた。

この一年というもの、町中から「防腐剤」が消えたという。どうやら秘密裏に国が集めたらしいということがわかった。

それと同時に、大量の「花」を王宮が購入していることがわかったが、その花が王宮内で何に使われたのかがまったくわからないのだ。

防腐剤と花といえば、誰かの死を感じさせる。しかしそれが巧妙に隠されているのはなぜなのか。よほどの要人の死かとおのずと察しがつく。

そして、アイリアから怪我で帰還した兵の不満。

将たるヴァルクスが、もう一年もの間姿を見せていないと言うのだ。

そもそもアイリアへの出兵の理由からして要領を得ないものだったと兵は言った。国境線でのいつものただの小競り合いに対して、王太子自らが出兵する理由などなかったのだという。ましてやそれが一年も長引くなど、考えられないことだと。

遠征先に行くなと言うセレイアの態度、そして彼女が一人神木に祈って流していた涙のわけを総合して考えると…

信じたくはないが、この結論しか、出なかったのだ。


「う…そよ…うそ…だって、約束したわ…ずっと、ずっと一緒だって…」

セレイアの瞳から、みるみるうちに涙があふれ、零れ落ちる。


「いやぁぁぁぁぁ―――――!!」


絶叫するセレイアを前に、ディセルは何もできずに、ただ、立ち尽くした。
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