夢おとぎ 恋草子

「ん・・・やめて。そんな感傷、似合わない・・・貴方には」


不意に重ねられた彼の人の唇が
それ以上は言わせないとでもいうように強く押し付けられた。
そして触れ合わせたままの唇が切なく甘く囁いた。



「お願い。私を幻滅させないで。
 最後まで貴方らしく いて・・・」



内裏という舞台で 名うてと謳われる貴方と
恋の勝負で互角に渡り合ったのが私の誇り・・・
今日までの日々をよすがに
これからの日々を過したいの、と。



「貴女らしくなく 可愛い事を仰る」

「まあ ひどい」

「貴女にそんなしおらしさなど似合わない。
 夏の陽射しのように
 活き活きと溌剌と輝いていてこそ 貴女だ」



彼の人はふふふ、と艶めいた微笑を浮かべた。



「そうね・・・ そんなの私じゃないわね」

「ああ」


なれば、と今度は悪戯な笑みを浮かべた彼の人が
細い指先を私の髪に遊ばせながら囁いた。



「しばらくは田舎の屈強な男と
 野趣に溢れた恋を楽しむことにするわ」

「この滑らかな肌に無骨者が触れるのか・・・」



彼の人の弛んでいた袷を更に開き 
あらわになった首筋から肩をゆっくりと撫でた。



「そうよ? 触れるだけではなくて・・・」

「皆まで言うな」


伊勢にやるのが惜しくなる、と
戯言を借りた本音を彼の人の耳元に囁いた。



「妬いてくださるの?」

「ああ」

「嘘でも嬉しい。最高の餞ね」

「嘘じゃない」



ありがとう、と答えた彼の人に 
熱く深くくちづけて主導を奪い
月が落とした明かりの中にその人の身体を倒した。


「大輔・・・」


今宵のこの時を 私という存在を
その身に熱く鮮やかに焼き付けて心に深く刻もう。
この先 誰と恋をしても誰に抱かれても
想い出さずには居れないほどに・・・


「いや・・・」

「え?」


嫌なのか?私に抱かれるのが、と 私は彼の人の瞳に問うた。



「お願い 最後くらい名を呼んで」


わかった、と耳元に呟いて その後は 数えきれないほどに
その名を呼んだ。
甘く切なく愛おしく請うように強請るように・・・



奈津、と。




【最後の夜】 終
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