君と春を



梅雨の季節。降り続く雨は通勤が面倒になるけれどそんなに嫌いではない。

でも……今日は特に天気が悪い。

もう定時をとうに迎えたと言うのに雷が鳴り響いているうえ視界がきかないほどの豪雨になっていてとてもじゃないけど帰れない。

「帰れそうもないね。」

窓の外を眺めて専務が呟く。

「そうですね。コーヒー入れます。」

書類整理していた手を止め、専務室の隣にある給湯室に行く。

給湯室はドアがない。通路の一角にあるその部屋は小さなキッチンカウンターと冷蔵庫、食器棚があるだけ。

電気ポットのお湯を温め直し、カップに先に少し注いでおく。冷えたカップよりもコーヒーが冷めにくいから。

一杯ずつドリップするタイプの粉を均一にならし、少量注いで少し蒸らす。

カップのお湯を捨ててドリップバッグをセットし、ゆっくりとお湯を注いでいく。

ー『優しい美味しいコーヒー』ー

母に教わった通り丁寧に入れたコーヒーを、専務はそう言ってくれた。

それを思うと少し心が温かくなる。


でも………

私はそれを望まない。

心は冷たいままでいい。

これ以上興味を持たれたくない…

距離を置かないと。



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