君と春を



仕事の終わっていた残りの人たちと合流して出張最後の夕食をとる。

みんなお酒も入り、上機嫌だ。フライト前に体調を整えておかないといけない私はアルコールは摂らずに途中で退席して先にホテルに戻った。

部屋に戻り、ベッドに倒れこんでただただぼーっと天井を眺める。

ふと横を向いて目に入ったのは、やっと手にすることができた大事な本。

私一人だったなら、きっと手に入らなかった。店が閉まっていた時点で帰っていたはずだから。

専務が一緒だったから動けたんだ。

「……私、お礼も言ってない。」


ーコンコンコンー


その時ドアがノックされた。ドアスコープから覗くその先にいたのは…たしか営業課…の人だった。

……何かあったのかな?

内側のロックを外して大きくドアを開ける。

「…どうかしたんですか?」

お酒が入っているせいか顔がほんのり赤く、目が座っているようにも見える。

「………………」

「…あの?」

「………………」

何も喋らずにこちらを見つめ続ける姿にただごとではない怖さを感じてとっさにドアを閉めようとする。

ガッ

僅かのところで足を挟み込まれてしまい、必死で抑えるドアを開けられそうになる。

「……冬瀬さんっ、俺がわからない?」

「っ…!?」

「俺は営業一課の澤田。…忘れた?」

「…な…何の話をして……」

意味がわからない。この人は誰?

必死で体重をかけてドアを押す。

どうしよう。

ドアが開けられたら…!

「うわっ!」

「きゃあっ!」

かかっていた力が急になくなり、バタンとドアが閉じるのと同時に倒れこんでしまった。

「……いっ…た?」

………何!?

ドアの外で聞こえるのは……専務の声だ。

「やっぱりお前、あの時の男か。

あんだけこっぴどく振られたら取りつく島もないだろ?

大人しく諦めろ。じゃないとクビだ。

………それにあいつは俺のだ。誰にも渡さない。」

「なっ!?……クソっ!なんだよそれ!」

バタバタと去る足音が聞こえる。

……こっぴどく振った?

そんなことあったっけ?

それに今『俺の』って……

ーコンコンー

「冬瀬?あいつもう行ったよ。俺しかいないから開けて?」

恐怖で震えてしまった身体を押さえつけながらそっとドアを開け、専務を招き入れる。

「大丈夫か?怖かったろ。」

心配そうに、俯く私の頬に触れてくる大きな手。

咄嗟にふるふると首を振るけれど、きっと動揺は伝わってしまっているだろう。

フワリと抱きしめられ、髪を撫でられると彼の爽やかな香りを感じた。

「大丈夫?」

私を気遣ってくれる優しい声。

………あれ?そういえば前にも…?



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