強引社長の甘い罠
「あれは……」

「いいよ。君の望むようにしよう。俺も嫌いじゃない……」

 彼の顔が近づいた。
 彼は本気だ。本気で私とまたキスをしようとしている。そしてそこにはひとかけらの気持ちも存在しない。

「やめて!」

 私は今度こそ、彼を思い切り突き飛ばした。もはや体裁を気にしてなどいられなかった。私が祥吾にどれほど未練があるか知られても、彼に私の頬を伝う涙を見られても、構わなかった。
 ただ、彼から離れ、私の心が安全な場所へと逃げたかった。

 彼の腕をほどき彼の支配から逃れた私は、一目散にドアへと駆け寄る。ここへ来たときとは対照的に、乱暴にドアを開けると真っ直ぐ階段へと向かった。

 一つ下の階まで下りると化粧室に飛び込む。閉じたドアにもたれたまま、ずるずるとしゃがみこんでしまった。そのままそこで声を押し殺して泣いた。

 彼は逃げる私を追いかけようともせず、名前を呼んで引き止めることもしなかった。
 久しぶりに重ねたキスはあんなにも情熱的だったのに、その後の彼は、まるで私をわざと傷付けているようだった。

 彼は、私を傷付けたいの? これ以上、どうして?
 私はもう十分傷付いてきた。それなのに、彼は私をまだ追い詰める。

 彼の真意が分からない。今、分かることはただ一つ。私はもう、彼から逃れることができない――。
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