【超短編 08】決壊ジャズ
【短編】決壊ジャズ
 今日で雨が十日も降り続いていた。
 天気予報では、明日も雨らしい。
 近くにある河川敷の水かさは今まで見たこともないほどに増していて、初めて土手の存在理由を思い知った。

「あれが決壊したら、えらい事になるぞ」

と父親が近所を中継しているニュースを見ながら言っていたが、私には、その「えらい事」がどれほどの事なのか想像することも出来なかった。
 彼氏が車で迎えに来て、今日は何をして遊ぼうか、などと話しているとフロントガラスに撃ちつける雨を睨み付けながら

「雨の止んでいるところまで行こう」

と彼が言い出した。

 南に向けて走り出した車の中で、私は何処まで行っても雨なんじゃないだろうかと考えていた。
 助手席に座る私の目の前をワイパーが慌しそうに右に左に行ったり来たりしている。
 どこまでも雨で、いつまでも雨。
 私は、それでも一向に構わないと思った。父の言う「えらい事」を実際に見てもみたかった。
 ワイパーが端っこに行くたびに、小さい頃、家族で登った八甲田山の中で聞いた鳥の鳴き声がする。

 家が水に流され、私は2階の自分の部屋でスリランカティーでも飲みながら、その移り行く荒々しい景色を窓から眺めるのだ。

BGMは、何がいいだろう。

 私の持っているCDの中には合う音楽がないかもしれない。この間、兄が隣の部屋で聞いていたジャズがいい。ピアノとウッドベースだけのゆったりとしたジャズ。
 今までまともにジャズなんか聞いたことがないけれど、これを機会にじっくりと聞いてみるのもいいかもしれない。

 ジャズの流れる部屋でカモミールティーを飲みながら、洪水に流される大木やタバコ屋の看板やコンビニのビニール袋を眺めている自分を想像して、うっとりしていると

「完全に止んだ」

と彼がワイパーを止めたところで、我に返った。
 車の外は、まだどんよりとした雲が浮んでいたが、雨は降っていなかった。
 遠くには薄青い空も見える。

「明日には止むかもしれないな」

 彼は私の落ち込む気持ちなど気にもせずにそう言って、タバコに火をつけた。
 これで父の言う「えらい事」を知る機会は、当分なくなった。
 ジャズを聴くことも永遠に無いかもしれない。

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