龍泉山の雪山猫
長い一日の始まり
トントン、トントン。
暗くて狭い部屋の中に野菜を切る音が響く。
いつもよりも早めに起きたわたしは、洗濯と畑仕事をすませて朝ご飯の準備をしていた。ご飯の後は破れた着物の袖を縫い繕わないと...。

今日は普段以上に忙しくなる。

「サチ...。」
目を覚ましたお母さんがゆっくりと起き上がりながらわたしの名を呼んだ。わたしは料理する手を止めて、お母さんのそばに行く。
「お母さん、今日は具合どう?」
わたしの声に、お母さんは少しだけ微笑んだ。
「昨日よりはいいみたい...うっ」
お母さんはそういい終えるより先に咳き込んだ。

わたしのお母さんは3年ほど前から病気がちになった。はじめの頃は月に何回か寝込むぐらいだったけど、最近は起き上がるのもやっと。それでもお母さんは少しでも家計の助けになろうと、漁師さんたちの使う網や道具の修理をしていた。
「ごめんね、サチ...。」
そう言うお母さんの目は苦しそうだった。
わたしはお母さんの背中を何回かそっとさすって、それからまた朝ご飯の準備にとりかかる。

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