龍泉山の雪山猫
「サチー!!」

遠くからわたしを呼ぶ声がするので振り返ると、ジンタが神社の境内に入ってきた。

「サチ!急に山の中に入って行って...。昼間だからって一人で山に入っちゃだめだって子供の頃から言われてるだろ。」
座り込んでいるわたしの前に膝をついて、いつにもなく真剣な顔をしてジンタが言う。

でも、その言葉はあんまりわたしの頭の中に届かなかった。アオがいない...。もう、会えないかもしれない。そのことが胸に突っかかって、頭がぼーっとする。

「お前、少しは周りの人の気持ち考えろよ!」
なにも言わないわたしにジンタが怒鳴る。

怒鳴られても何も言わないわたしを不思議に思ったのか、ジンタはわたしの顔を覗き込む。
目と目があって、わたしはやっと我に戻った。

「ごめんなさい。落し物探そうと思って。」
とっさについた嘘。嘘...でもないか。探しものをしていたのは本当だから。
わたしの声を聞いて、ジンタはあきれたようにため息をついた。そして、まだ少し怒ってる声で言う。
「それだったら最初から俺をつれていけよ。ほら、何探してんだよ。手伝うから。」
「ううん、やっぱりいいや。どこから探したらいいかわかんないし。」
そう言ったとたん、涙がこぼれだしてきた。
「お、おい!泣くなよ!そんな大事なものなら探そう!ほら、泣くなって。」
ジンタがあわててわたしの涙を袖で拭う。

なんで泣いちゃうんだろう。そんな泣くほどがっかりすることでも...どうせアオはきれいなくせに意地悪で、わたしのことをからかってばっかりだし。会ったって、「この前の礼はどこだ」とか言ってくるだけだろうし...。

やだな、やっぱりわたし、アオのことばっかり考えてる。

「い、いいの...。もう、帰る。」
やっと出した声が裏返った。
ジンタが優しくわたしの頭をたたいた。

「お前、熱出して頭おかしくなったのかもな。」
「おかしくなってない。」
「でも、頭の中ごちゃごちゃだろ?」
「う、うん...。」
ジンタは大きくため息をつく。
「だからもう一日寝てればよかったのに。ほら、帰るぞ。」

ジンタはそれだけ言うと、わたしの手を引っ張って立ち上がらせてくれた。そして、手をつないだまま神社を後にする。


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