龍泉山の雪山猫
洞窟の中で
バジャン!
大きな音と共に、わたしは水の中に落ちた。冷たい水が、体中できた傷に突き刺さる。しばらく水面にあがろうともがいていると、わたしは岩にしがみつくことができた。岩を上るようにわたしは水面に顔を上げた。
「ぷはー...!」
わたしはその体勢のまま、しばらく息をととのえ、それから周りを見渡した。
雪山猫は?あいつもここに落ちてきてたらどうしよう。

そこは、うっすらと照らされた洞窟の中だった。雪山猫はいないみたい...。
よかった。でも、ここからどうやって帰ろう。体中が痛くて、寒さと恐れで震えが止まらなかった。
とりあえず水から上がり、背負っていた籠を下ろす。龍泉山の中にこんなところがあったなんて。そんなことを考えながら着ていた着物から水をしぼっていると、どこからか物音が聞こえた。
「うっ...。」
そして聞こえてきたのは人の声。暗闇の中目を凝らすと、洞窟の反対側の地面に横たわった白い陰が見える。
人...だよね。雪山猫よりも小さいし、人の声だった。
わたしはおそるおそる近寄ってみると、そこに横たわっていたのは、銀色の着物を着た人だった。銀色の着物はあちこちボロボロで、体は傷だらけ。真っ赤な血が着物に染み込んでいた。顔は反対側に横たわっていて見えなかったけど、髪は白く、肩に届くか届かないぐらい。肩が広くて、細めだけど背は高いように見えた。

「あのー、大丈夫ですか?」
わたしの問いに、その人は応えず、動かない。
い、生きてるのかな。
恐る恐るわたしがその人の肩に触れると、その体は燃えるように暑かった。
「大変、すごい熱!」
わたしはその人の肩を引っ張って仰向けにする。

整った顔、きれいな白い肌、白くて長いまつげ。着崩れている着物の隙間から見える白い肌は汗でにじんでいた。歳はジンタと同じぐらいに見える。

なんて、きれいな人なんだろう...。

わたしはその若い男の人の美しさに気を取られてしまった。

「うっ...。」
彼が苦しそうに目をしかめる。
わたしははっとして、自分の首に巻いていた布をとり、泉の水で洗うと、それを傷ついた男の人の額にのせた。
どうしよう、手当をして上げたいけど、乾いた布切れさえあれば...。
わたしはとりあえず今日担いでいた籠を持ってきて、いつも中に入っている傷薬を取り出す。籠の中は思ったよりもぬれてなくて、新しく買ってきた布のほとんどは乾いていた。

「ごめんね。ちょっとしみるかもしれないけど、我慢してね。」

そう言いながら、わたしは傷薬を開いた彼の傷口に塗っていった。獣にひっかかれたような傷跡が、腕、足、首もとにいくつもあった。わたしはそっと一つ一つの傷口に薬を塗り、買ったばかりの布の湿ってないところを選んで切り裂いて傷口に巻いてあげた。
着物の肩のところに大きな血のシミがある...。すこし着物をずらすと、肩には何かにかまれたような後。毒が入っているのか、血と一緒に緑色の液体が傷口からでてきていた。

「かわいそうに...。」

わたしがそっと布でその傷に触れると、彼の体が突然ビクンと動いた。
それと同時に、ものすごい力で彼がわたしの腕を握る。

「貴様、何者だ...。」

その声は低く、うなるようだった。
腕をつかまれたまま彼の顔に目をやると、その濃い青色の瞳がわたしを睨みつけていた。こわい、でもとてもきれいな瞳の色...。

わたしはわたしの腕をつかんでいた彼の手にそっと手をのせる。

「わたしはサチ。傷の手当してあげるから、痛いだろうけどじっとしててね。」

「何者だ!!俺にこれほどの傷を!!許さぬ!」
そう言うと、彼はつかんだわたしの腕を力強く振り上げた。傷だらけの人とは思えないほどの力で、わたしは洞窟の壁に叩き付けられた。

「いっ...。」
痛みで声が出ない。洞窟に落ちてきた時の衝撃よりも苦しかった。目の前がぐらぐらする。
どうして助けてあげてるのにこんなことを?このまま見捨てていくこともできるのに!
せかっく買ってきた布だって...あんたのために!

頭を抑えながら男の人の方をにらむと、彼は横たわったまま息を荒くしていた。苦しそうに顔を歪め、肩の傷に手を当てている。


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