龍泉山の雪山猫
恩知らずは意地悪
そう言えば、自分の怪我の手当ちゃんとしてないや。
ドキドキが落ち着いてからわたしはふと思って着物の裾をめくってみた。足のあちこちにあざ。かすり傷は土で汚れていた。

「ちゃんときれいにしておかないと。」

そっと銀色の人の方を見ると、彼は静かに眠っていた。傷口の手当をもう一度してあげたいけど、今はそっと寝かせてあげた方がよさそうだね。わたしは手ぬぐいを濡らして固くしぼり、そっと足の先から体を洗っていく。

「...っ!」

かすり傷でも、これだけあるとやっぱり痛いや。わたしは涙をこらえながら足を洗い、着物の袖をめくって腕も洗った。それから着物を少し崩して首もとを洗う。

「いたた!」

昨日は全然気づかなかったけど、どうやら首筋に大きな傷がある。左の首筋を拭いた手ぬぐいが血で真っ赤になっていた。
もう一度手ぬぐいを洗って首元に持っていく。すると熱い手がわたしの手首をつかんだ。


「え?」

驚いて顔を上げると、息がかかるぐらい近くに銀色の着物の人の顔があった。
いつの間に起きたの?それに、起き上がれるほど回復してないはずなのに。

真っ青な目がわたしをじっと見つめていた。

わたしはその青い瞳を見ていられなくて、すぐに顔をそらした。


「だめだよ、起きてきちゃ。まだ寝てないと傷が...。きゃ!」
熱くて大きな手がわたしの傷ついた首元に触れる。反動でわたしが飛び上がろうとすると、熱い腕がわたしの腰に巻きつく。彼の熱い体温がわたしの背中にもたれかかる。

「ちょ、ちょっと、何してるの?!」

わたしの問いに答えず、彼は再びわたしの首筋に触れた。

傷の痛みよりも何より、耳まで熱くなって胸が苦しかった。やだ、こんなの耐えられない...!

「やめて!!!!!!」

わたしが思いっきり叫ぶと、驚いたように彼はわたしの体を放した。

彼の方をにらむと、彼は意地悪そうに笑っている。

「活気のある娘だ。色気は...そこそこか。」
彼は着物を崩したわたしの胸元を覗き込んで言った。

わたしは慌てて着物を整えようとして、首元に手をやる。あ、あれ?さっきまであった傷が...。

「昨日の礼と...お詫びの印だ。俺が触ればどんな傷でも治る。さ、他にも傷ついているところがあるだろう。出せ。」
「やだ!」
「なんだ、かわいげがないな。せっかく傷を治してやると言ってるのに。」
「やだ、そんな治し方!そんなのお詫びの印なんかになってない!それよりも、なんでもう起きてるの?昨日はあんなに苦しんでたくせに!」

彼はふっとため息をつく。

「どうせ信じんだろう。」

彼はそう言ってそっぽを向いてしまった。
確かに、こんなにきれいな人...こんなに人間離れした容姿の人、見たことがない。銀色の着物だって見るのは初めてだし。どこか遠い町から来た人だと思ってたけど...。
わたしはそっぽを向く彼をじっと見つめた。
さっきまでボロボロだった着物はきれいになっていて、血がにじんでいたはずの所も何もなかったようにきれいだった。

もしかして...物の怪?狐はよく人に化けるっていうし...。もしかして、わたしこのまま食べられちゃうの?!きっと傷だらけの体は美味しくないから、それを治してから食べるの?
だったらわたし、なんでこの人(化け物?)助けちゃったんだろうー!!


そんな思いを巡らせていたわたしの頭を青い目の彼がそっとたたいた。

「安心しろ。人間を食らう趣味などない。俺の名はアオ。この山の神社に住む龍だ。」

龍?龍なんて、ただの言い伝えだって思ってた。なにより、この人、人間の形してるし...。龍泉山の神社に住んでるって、それって...。

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