妖精と抽選者
妖精と抽選者
 十二月二十四日、茜と闇が混じり合う空の下。街灯に照らされた小さな道で、少女は小さな箱を拾う。
 ちょうど少女の手に乗る大きさの立方体の白いそれは、深紅のリボンで飾られている。アスファルトで固められている道の上に落ちていたというのに、どこを見ても汚れがないその箱を見て、少女は不思議に思う。そして飾られているリボンをしゅるりと解いて、箱を開ける。
 しかし、箱の中には何も入っていなかった。少女は中身を見て、納得のいかない表情を顔に浮かべた。確かに重みを感じたはずなのに。箱は、開けた直後に中にあった物が消えたように軽くなったのだ。もしかして入っていた物が落ちてしまったのかもしれないと少女は周りを見る。しかしそもそも何かが落ちたような音も聞こえなかったかったし、よく目を凝らして見てもそれらしい物が全然見つからなかった。
 ーーやっぱり、元々何も入ってなかったのかもしれない。
 少女はそう思い、諦めて先を進もうとする。ところが顔を上げた少女は、直後に視界に映ったものに驚き目を見開く。少女の身長程離れた先には、先程解いたリボンと同じような真っ赤な色のコートを着た白く短い髪の若い男が立っていたのだ。少女が驚きのあまり何も言えない状態の中、男は朗らかに笑い口を開く。

「やあ、メリークリスマスだね」

 少女は足が竦んでしまい、ただその場に立ち尽くす。少女が警戒心を込めた目で男を睨むと、男は悲しそうに笑い少女に近づく。

「こ、来ないでっ!」
「そんなに怖がらないでくれよ。僕はクリスマスの妖精。その箱を開けてくれた、今年の抽選者の君の願いを叶えたいんだよ」

 自分をクリスマスの妖精と名乗った見た目二十代くらいの男のことを、少女は怪しまずにはいられなかった。自分はもう十六歳なのだ。この男は、まだ子供だと思ってからかってるだけなんだ。
 すると少女の様子を見た男がまた口を開く。

「まあ、こんなこと言っても簡単に信じてもらえないよね。君みたいな歳の女の子の願いを叶えようとするといつもこうなるんだよねぇ。というわけで、一つだけサービスしてあげよう!」

 そう言って男がパチンと指を鳴らすと、途端にペンダントが少女の目の前に現れた。揺ら揺らと浮かんでいるそのペンダントには、雪の結晶の形をした、自分の目まで光ってしまいそうな輝きをもつ宝石が飾られていた。

「こ、これってもしかしてダイヤモンド……!?」
「お、やっぱり反応がいいね! 君ならこういうアクセサリーを貰うと喜びそうだったから。これで信じてくれた?」

 少女は浮かんでいたペンダントを手に取ると、それをじっくりと眺めた後また男の方を見た。そして確信したように目の色を変えると男に近寄った。

「あ、あの……物じゃなくてもいいんですよね?」
「例えばどんなモノ?」
「えっと……好きな子に、告白する勇気とか」

 男は少女の例えを聞き、少し唖然とする。しかしすぐに笑いを声に出し、「おかしい」とでも言いたげな態度をとった。

「笑うなんて失礼じゃないですか!」
「いやいや、ごめんね! でもそれは例えばの話じゃなくて、君の願いだよね?」
「あ……」

 少女は恥ずかしくなり顔を俯かす。男はそんな少女の反応を伺うと、優しい顔で少女に確認をとる。

「それが君の願いでいいの? その好きな子とちゃんと付き合えるように『告白してくれますように』って頼めばいいのに」
「それじゃ駄目なんです。ちゃんと私から伝えたいの。……その好きな子は幼稚園からの仲の幼馴染なんですけど、小学校の頃から今までずっと想い続けてて……。中々素直になれなくて伝えられなかったんですけど、今度こそはちゃんと伝えたいんです!」

 少女は真っ直ぐと男の目を見る。少しも逸らそうともしないその瞳を見て、男はゆっくりと目を閉じる。

「……素敵な願いだ。分かった、君の願いを叶えてあげよう」

 男がそう言うと、少女の手にあったペンダントの宝石から眩い光が放たれる。少女はその眩しさに目を開けていられなくなる。

「その輝きが消えると僕も消えるんだ。今年の抽選者の君の願いを叶えたからね。そのペンダントをお守りにして想いを伝えるといいよ。君の幼馴染くんにね」
「待って、貴方の名前を聞きたいの!」
「名前かい? あいにく僕には名前がないんだ。……あ、でも前の前の年の抽選者の小さな男の子がくれた名前なら……」
「……教えてください」
「いいよ。僕の名前はねーー」

 ーーサンタ・クロース。
 クリスマスに現れる、誰かの願いを叶えて消える妖精さ。





 道は少女一人しかいない静かな場所に変わっていた。いつの間にか少女が拾った小さな箱も消えていた
 夢だったのか。あんな出来事があって出てくるありがちな考え。しかし手に感じる冷たい金属の感触で、そんな考えは少女の脳裏で掻き消される。
 もう一度ペンダントを見てみると、その鎖には少女が拾った小さな箱に飾られていた真っ赤なリボンが結ばれていた。少女はそのリボンを解き手に取ると、口元を綻ばせ目を閉じた。

「素敵なプレゼント有難う、サンタさん」
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