ワンルームで御曹司を飼う方法


 最後の夜はゆっくりと更けていって、静かに静かにまどろんでいく。

 いっしょに暮した日々を懐かしんでいた会話はいつのまにかたわいもないものに変わり、小さく笑い声をたてたりしながらお互いのことを聞き合っていた。


「なあ、宗根ってどんな子供だったの?」

「今とあんまり変わりませんよ。大人しくてイサミちゃんにいっつもくっついてる子供でした。そうそう、本が好きだったから栞のコレクションしてたっけ。自分で押花の栞作ったり」

 昔を思い出しながら話せば、社長は可笑しそうにクククと喉の奥で笑う。

「昔っから花とか草でなんか作るのが好きだったのか。本当に今と変わんねえな」

「なんか語弊がありますね。それより社長はどうだったんですか?」

 今度はこちらから聞き返すと、彼は「んー」と少し視線を泳がせて過去を辿り出した。

「俺も今とあんま変わんねーなあ。ガキの頃から学業以外にも経営学とか世界経済とか学ばされてて忙しかったし。あー、でも子供らしく遊んだりもしたよ。乗馬にハマってドイツで牧場ごとサラブレッド買い占めたり、F1に憧れてスポンサー枠全部買い上げたり。無邪気で可愛かったね、あの頃は」

「無邪気の規模がワールドワイドな辺り、確かに今と変わってませんね……」

 相変わらずの桁違いな彼の日常に、私はほんのり苦笑を零す。行動学的に見れば栞を集めるのも、サラブレッドやスポンサー枠を買い占めるのも同じなのかも知れない。ただしそこにかかった金額や携わった人の数など、比べるのも馬鹿らしいような差があるけれど。

「……なんだか不思議ですね。こんなに住む世界が違うのに、私たち一緒に暮らせたなんて」

 今さらだけど本当に奇跡のような出会いだったんだなあと振り返れば、嬉しいような切ないような台詞が自然と口をついた。

 もしかしたら日本一の格差同居だったかもしれない。収入も価値観も、お互いの性格さえも笑ってしまうほど真逆で。

 それなのに寝食を共にして惹かれ合うようになったのは、なんだかすごい成りゆきだったんだなと改めて思う。

 けれど。
 
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