届屋ぎんかの怪異譚



はじめまして、と頭を下げようとして、銀花はふと気づいて止まった。


朔の話によれば、朔の師匠とは赤子の頃に会っているはず。


はじめまして、でいいのだろうか。



そんなことを考えていると、朔の師はフッと笑って、銀花の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。



「ちょっ!? あの……?」


「玉響(たまゆら)でいいよ。大きくなったね、銀花」



深みのある声が鼓膜を震わせたとき、ふいに涙が出そうになった。


その言葉を、顔も声も覚えていない母になぜだか重ねてしまった。



「さ、朔は江戸に戻って仕事の後始末があるだろう? とりあえずは帰ろう。あぁすまないが朔、今夜泊めてくれ」



玉響が言うと、朔は露骨に嫌そうな顔をする。

それを見て、あの、と声を上げたのは銀花だ。



「ご迷惑でなかったら、うちに泊まりませんか?

長屋に二人は窮屈でしょうし、うちは朔の長屋の向かいだから、朔に用があるときも行き来しやすいと思うので」


< 196 / 304 >

この作品をシェア

pagetop