君の記憶に僕は。
君は首から一眼レフカメラを提げていた。


真っ黒なその機体に、夏草がくっついていた。


見れば君の制服にも髪にもついていた。ただし、僕にそれを取ってあげられるほどの勇気は無かったけれど。



「カメラは趣味?」


「生きがい」


「何を撮っていたの?」


「命を、撮ってた」



君は頬を伝う雫を人差し指で拭うと、カメラのフォルダを見せてくれた。


眠るようにして目を閉じている、白猫の姿。がりがりに痩せていて、毛も汚れていたから、多分野良猫だったんだろう。もう息をしていないようだった。


何故君が猫の写真を撮っていたのか、あの頃の僕にはわからなかった。無理もない、死というワードに、あの頃は疎かった。


ただ、不謹慎かもしれないが、横たわる白猫は酷く美しく見えた。


涙でぬれた君のまつ毛も、とても美しかったのを覚えている。



「アツキの生きがいは?」


「絵を描くことかな、多分ね」


「絵を描くの?」


「うん、未熟者だけどね」



僕は未完成の絵描きだ。パーツの足りてない、不良品だった。


何を描きたいのかも曖昧なまま、ただただ筆を動かし、真っ白なキャンパスに色をのっけていた。


何かが足りない気がして、だけどその足りないものが何かまでは、不良品の僕では分からなかった。


どんなに頑張っても、綺麗にはならない。絵が息を吹き返さない。


綺麗になると言うのは、うまく描けると言う訳ではなくて、例えば息絶えた白猫の魂とか、君の艶やかなまつ毛とか、そういうことだ。


ただあの頃の僕には、どう足掻いてもそれを表すことはできなかったよ。
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