フォンダンショコラなふたり 


チョコレートの残り香が漂うオフィスには、ほとんど人の気配はなく、やけに広く感じられる。

19時を過ぎる頃には、残っていた者も次々と席を立ち、「お疲れ様です」 と声をかけて帰っていった。

どの顔も、これから過ごす相手との時間を楽しみにしている風だ。

上司である副社長でさえ 「これから妻と待ち合わせだ。里久、あとを頼む、お先に」 と、そそくさと帰って行った。

その手には、あふれんばかりのチョコレートが入った袋が下げられていた。


どこの会社もそうであるが、秘書課は他の部署に比べて女性が多い。

それでも 『近衛ホールディングス』 は男性秘書の割合が高く、副社長付き秘書にいたってはすべて男性である。

それがまことしやかな噂を生み出したのだと、部下の勅使河原が苦笑いしていた。

噂とは 「近衛副社長の近くにいる者たちは、女に興味のない男ばかりである」 というくだらないものだ。


僕と同じく副社長秘書の勅使河原は、同期で秘書課の同僚の女性と交際中で、本人達が交際の事実を伏せているため、同僚には気づかれずにいる。

それでも注意して見ていたら、ふたりの間に漂う空気感から気がつきそうなものだが、案外わからないようだ。

副社長付き二年目の円城寺は、父親の会社を継ぐため近衛にて修行中の身で、周囲も円城寺の身元を承知していることもあり、女性社員に人気がある。

だが、円城寺自身の身持ちが硬く、おいそれとは女性をそばに寄せ付けない。

将来のため、交際相手選びに慎重であるということだろう。

副社長専属の運転手佐倉は、見てくれの良さから特に女子社員に人気があるが、佐倉も女子社員と一線を引いた対応をしており、浮いた噂はない。

僕に至っては、素っ気なさすぎる、もう少し柔らかく対応するようにと、副社長から注意を促されるくらい女性への対応が冷たいらしい。

冷たくしているつもりはないのだが、感情を抑えてしまうせいで、そう受け取られるようだ。

これらを考え合わせれば、「近衛副社長の近くにいる者たちは、女に興味のない男ばかりである」 という噂も流れて当然かもしれない。

中でも僕は、その筆頭で、「堂本秘書は男を一途に思っている」 と、言われているとかいないとか。

各方面の情報に通じている佐倉が、内輪の酒の席で冗談のように言っていたが、佐倉も僕のプライベートは知らないはずだ。

まさか、僕に付き合いの長い女性がいるとは、誰も思わないだろう。

周りにどう思われてもいい、僕たちの関係を続けるためには、都合のよい噂なのだから。

< 11 / 24 >

この作品をシェア

pagetop