フォンダンショコラなふたり 



夜は特に予定もなかったが、本命をもらえなかった憂さ晴らしだと街に繰り出す同僚に付き合う気にもならない。

見上げた空は雲行きが怪しくまた雪になりそうな気配で、こんな日はまっすぐ帰るに限る。

駅に向かって歩きながら、そろそろ夜のにぎわいが出てきた街に、着飾った女の子が妙に多いことに気が付いた。

今朝までの雪で足元も悪いのにハイヒールをはき、寒さをものともせず短いスカートだ。

もっと温かい恰好をすればいいのにと思うのは、今日という日に大した意味を持たない男が考えることだそうだ。

見るからに寒そうな服は意中の男のためで 「今夜勝負をかける子もいるからね」 と、友人からバレンタイン事情を聞かされたのは、駅から程よく離れた繁華街の店に腰を落ち着けたあとだった。


大学から付き合いのある佐倉達也は、見た目は俺と正反対で、人当たりがよく優男であるばかりにいつも女に言い寄られている。

だが本人は俺以上に硬派で真面目、適当に付き合うなんてことができない性格でつまみ食いなどもってのほか、言い寄る女を片っ端から断る、男から見たらとんでもなく贅沢な奴だ。

彼にとってバレンタインデーは厄日で、甘い菓子が何よりも苦手な奴は、それこそ抱えきれないほどチョコレートをもらう。

俺の袋の中身のほとんどが 「義理とつきあい」 であるのに、奴が受け取ったチョコレートの多くが 「本気で本物」 だ。

毎年どれだけの女に告白され断っているのか、佐倉も把握していないらしい。


やっかみたくなるほどもてる男だが、女に対して真面目に向き合っていることは評価したい。

ホワイトデーにはチョコレートを渡してくれた彼女たち全員に、お返しの一品を添えて自分の言葉で断りを伝える律儀な男だ。

そんな真面目さが女たちの心をくすぐるのだろう、佐倉はさらに女たちに追いかけられることになる。

この数年誰とも付き合っていないはずだから、今日は佐倉を狙う女たちに囲まれてさぞ大変だっただろうな。

そんなことを考えながら駅に向かう途中の、佐倉からの電話だった。



『よお、お疲れ』


『お疲れ。玲音、近いうちに会えないか』


『いいぞ、今日でも明日でもあさってでも、俺はいつだって空いてる』


『これからでもいいか?』


『ぜんぜんかまわないが、どうした』


『少し付きあってくれないか。報告がある』



相談ではなく報告というのだから、すでに何かが決まったか起こったということだ。

転勤にでもなったのかと思いながら、佐倉との待ち合わせの店に向かった。

初めて会った頃から佐倉は俺を名前で呼んでいる。

大学のサークルの初会合で、みな堂々と前を向いて自己紹介したが、名前を言いたくなくてわざと口ごもった俺の態度が気に入らなかったらしい。



「ご両親が考えてくれた名前だろう、大事にしろよ」 



そういって俺のコンプレックスを指摘しただけでなく、苗字呼びが慣例だったサークル内で名前を呼び続け、いつのまにか先輩も後輩も俺を名前で呼ぶようになった。

男から 「玲音」 と呼ばれるのは何ともないのだが、女から呼ばれるのは今もって苦手だ。

湊すみれをのぞいては……


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