ボーダー・ライン
願望

幸せの装い


突然メールで癇癪を起こしたサトミを、僕は正直なところ恐ろしく感じていた。

だけど実は、今まで全くこういうことがなかったというわけじゃない。
彼女は人並み外れて感受性が高いため、ささいなことで傷つく。

その度に僕に向かって弱音をはき、小さな癇癪を弾けさせる、まるでたまった熱を発散させるように。


ただ今までは、それが僕の許容する範囲内であっただけ。
僕の男のプライド、「女を護りたい」願望で彼女を精神的にまかなえていたんだ。



だけど、さすがに昨日のメールは僕の許容を越えていた。
『壊れちゃう、死んじゃう、疲れた……』
彼女のメールには、あまりにも衝撃的な言葉が嫌という程連ねてあったから。


落ち着いて時系列を冷静に考えれば、あのメールは当日夕方に送られてきたのだ。

ならばあれを僕に送りつけた後、彼女はひとりで元気にビーフシチューを作っていたんじゃないか?
そうだよ、それを僕に、あたたかい画像として届けてくれたじゃないか。

だからこそ、夕方までに届いたメールを見ていなかった僕は、彼女の異変に気付く事が出来なかった。


……いや、気付ける方がどうかしてる。
だって、夜チャット時の彼女は全く普通だったんだから。
いつもの、甘えんぼうなサトミだったんだから。


死にたい程落ち込んで、数時間後に回復、そんなことあるのだろうか?
何なんだろう、この違和感は?

サトミに一体何がおこっていたんだ?



考えれば考えるほど脳みそはパンパンになり、僕は冷静さを失っていった。
どうする、このままじゃ夜眠れるはずもない。
その過程で僕に生まれた新しい感情、それはサトミに対する恐怖だった。

すぐに彼女に連絡を取り、何があったのか聞いてみる……、そんな誰でもが思い付く、最も簡単な解決方法がその時ばかりはまるで実行出来なかったなんて。

指がすくんでしまったんだ。


ごめんよ、サトミ……


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