蜂蜜漬け紳士の食べ方


「とりあえずぅ、色はシックな青か緑で~…」

「でしたらこちらのドレスはいかがでしょうか」

「うーん、ちょっとおばさんくさいですかね~。あっ、こっちも素敵!」


木曜日の夜。
いわゆる、伊達圭介個展開催記念パーティーの前日。

本来なら、来るべき明日の取材について中野と打ち合わせをしなければならないのだが。
やたら強引な綾子の誘いに、とうとう中野もアキも押し負ける形となった。

「中野先輩はスーツでいいでしょうけど、女にはいろいろ準備があるんですー!」と豪語する綾子に無理やり背を押され、編集部から出されて早一時間が経過しようとしていた。

綾子なじみの店だというここのブティックは、なるほど、彼女が「私が何とかします」と宣言したとおり、パーティードレス専門だった。

20代から40代女性を主に販売層としているようで、フレアをそこそこに使用したドレス、きらびやかなストーンをぜいたくに散りばめたデザインなど、店内いっぱいに並ぶドレス達を見ているだけで女子としての気持ちが満たされる。


木曜の夜だというのに、ブティックは数名の客が出入りを繰り返していた。

その中で、綾子は顔馴染みらしい店員が次々と持ってくるドレスをアキにあてがっている。

鏡の前に突っ立つばかりの彼女は、まるで着せ替え人形そのものだ。


「先輩の髪色だと~…濃い青もいいけどちょっと重いかな~…すみません、薄青の生地ってあります?」

「ええ、ございますよ」

「じゃあそれちょっと見せてくれますか」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


綾子は、手に2,3着抱えたドレスを見比べては、自分のセンスを確かめるようにうんうん頷く。
その様子は明らかに着せ替え人形を楽しむ小さい女の子そのものだ。


「…ねえ、ちょっと綾子」


店員がアキから離れた隙に、ひそりと声をかける。


「なんでしょう?」

「私、そんな大層なドレスいらないんだけど…どうせ取材なんだし」

ほとんどこれは謙遜じみた発言だったが、しかし後輩は白い歯を剥き出しにして食ってかかる。


「何言ってるんですか、先輩!
だって、先輩が持ってるドレスってピンク一色なんですよね?」

「………はい」

「リアルな話ですけど。
30代になったらそのドレス、着られると思ってます?」

「うっ」

「でしょ?まあ、ピンクにもいろいろありますからその色の明るさにもよりますけど」


アキは、長らくクローゼットの肥やしになっているパーティードレスを思い浮かべる。
確かにそれは綾子の言うとおり、アキ自身が20代前半の時に購入したもので
確かにその明るいピンクはきらびやかでフレアなんかついたデザインで
確かに「そろそろ私もこのドレス着られなくなったかな」なんて思ったのはつい最近の話…。


「どうせだから、素敵なドレス1着買い足しましょうよ。
取材の時だけじゃなくて、これからまた使うと思いますよ。お友達の結婚式とか、それこそ仕事の付き合いでパーティーに招待されたりとか」


綾子が言うのは、まさに正論だった。


「…分かりました、買います…」

「うふふ、そうこなくちゃ先輩!
私、緑か青で迷ってるんですけど、先輩はどっちの色がお好きですか?!」


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