僕と、君と、鉄屑と。
 パーティが終わり、直輝は仕事があるから、オフィスへ戻ると言い、先に車を降りた。麗子は少し寂しそうな顔をして、彼を見送った。直輝が降りると、さっきまで饒舌だった麗子は、急に黙ってしまった。
「お疲れになりましたか?」
「ううん」
その声に、ふとバックミラーで後部座席を見ると、横顔の麗子の頬には……涙が流れていた。
「大丈夫、ですか?」
「あれ? 酔ったのかな……」
慌てて彼女は涙を拭い、また、饒舌に話し出した。でも、彼女は、完全に上の空だった。ただ、声を発しているだけで、話す内容に、聞くべき内容は、全くなかった。もちろん、僕はどうすればいいのかわからなくて、上の空で、相槌をうっていた。

 麗子をマンションまで送り届け、直輝に電話をかけた。直輝はオフィスにいるから、迎えにきてくれと言った。

「楽しそうだったね」
助手席に座る直輝は、うとうとしていたようで、僕の声に、はっと顔を上げた。
「何が?」
「君も、麗子も」
「そのために金を払ってるんだろう」
「芝居って、こと?」
「当たり前だろ。お前がそうしろと言ったんじゃないか」
そうだった。これは、僕が書いたシナリオだった。でも、少なくとも、麗子は、そうじゃなかった。麗子は心から、君との時間を、楽しんでいた。
「……僕、だけ?」
「お前だけの、俺だよ」
直輝の手が、僕の太ももの間に入った。
「ダメだよ、誰かに見られたら、大変だよ」
「誰も見てないよ」
「ダメだって」
僕が直輝の手を離すと、直輝はちょっと拗ねた顔をした。
「早く、帰ろう」
 そして、僕達は、激しく愛し合う。人前で愛し合えない分、僕達は、深く、強く、二人の世界で、二人だけで愛し合う。だけど、僕は……麗子のあの横顔が、あの涙が、僕の頭から、離れなかった。わからない。なぜ、彼女が、泣いていたのか。どうして、泣いていたのか。僕は直輝の腕の中で、麗子のことを、考えていた。
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