僕と、君と、鉄屑と。
 野間直輝は、俳優並みのルックスで、オシャレで、プレイボーイの、青年実業家。ビジネス誌だけではなく、ファッション誌や、トレンド誌、テレビやラジオにも、彼は華やかに登場する。そして、有名な女優だとか、高級クラブのホステスだとか、金と名声にしか興味がないような、くだらない女と、浮名を流し、その『セレブリティライフ』をアピールする。そんな野間直輝が、一般の、特に美人でも、ブスでも、派手でも、地味でもない、ごく普通の女と、結婚する。彼は、『普通の女』を妻にして、大人で、誠実なイメージを確立させた。そう、それは、全てシナリオ。シナリオ通りに、彼は『野間直輝』という男を作り上げている。そして、そのシナリオを書いているのは、この僕。僕は、直輝のために、この、俗的な、シナリオを、ずっと書いている。

「やっぱり、コーヒー飲もうかな」
新しいシャツに着替えた直輝は、ソファに座って、大きな欠伸をした。背中が、広い。僕は体質か、痩せていて、彼の逞しい体が羨ましい。
 マグカップで、コーヒーを二杯淹れる。僕はもしかしたら、もうこうやって、コーヒーを二杯淹れることはないんじゃないか、と思っていた。もう、直輝は、この部屋に帰ってこないんじゃないかって、一晩中、泣いていた。
「お待たせ」
「ありがとう」
彼はコーヒーを一口飲んで、美味しい、と言ってくれた。
「泣いてたのか?」
「……うん」
「バカだな」
また、僕の目から、涙が流れ始めた。グレーのスエットが、少し濃いグレーに染まっていく。僕は自分の勝手なシナリオに、勝手に巻き込まれていた。
「もう、帰ってこないんじゃないかって……」
「そんなわけ、ないだろ」
直輝は微笑んで、僕を抱き寄せて、キスをした。
「俺には、祐輔しかいない」
「もう、あの女の部屋にいかないで」
「そのつもりだよ」
「僕のそばにいて」
「いるよ」
「僕だけの、直輝でいて」
「お前だけの、俺だよ」
僕は、直輝の腕の中で、もう絶対に、直輝を離さないって、決めた。もう、こんなシナリオを書くのは、やめよう。もう、こんなこと、やめよう。直輝を傷つけることは、もう、やめよう。

 でも、それは、遅すぎた。直輝と僕と、麗子の運命は、少しずつ、狂い始めていた。
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