今宵、月が愛でる物語
「おー、お疲れ。」

オフィス奥にある社長室でデスクに向かいパチパチとタイピングしている彼以外にはもう誰もいない。

30代後半の彼が社長を務める小さな設計事務所。

5人程度のスタッフが忙しなく働く日中と違い照明は既に落とされ、デスクトップの乾いた光だけが彼を照らす。

「…残業ですか?」

「や、もう終わる。明日の打ち合わせの準備だ。」

「そうですか。」

軽快なタイピング音を響かせているその指先は…私の目にはこの上なくセクシーに映る。


だってこの指先は、


私を快楽の海へと連れ出すカギだから。


この指に触れられると思うと目が離せなくなってしまう。

「………………っと。」

思わず無言で見つめてしまった自分に気づき、素知らぬふりをして窓辺に立ち、月を仰いだ。


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