楓の樹の下で
エピローグ
救急車が来てストレッチャーに乗せられ朱里が運ばれていく。

「正親さん…私は大丈夫だから日向くん、お願い…」

運ばれる朱里のそばで日向は嗚咽まじりに号泣して離れようとしなかった。

「日向くん、朱里ちゃんは大丈夫だから泣かない泣かない!」

痛いはずなのに朱里は笑っておどけて見せた。
日向はずっと、ごめんなさいを繰り返す。
俺はストレッチャーから日向を離そうとしたが、子供の力と思えない程の力で離れようとしない。
佐々木さんと二人掛かりで引き離す。
日向は暴れ泣き叫ぶ。

「朱里ちゃん!!!」

救急車が走り出すと追いかけようとした。
急いで止めて抱きしめた。

「日向、朱里は大丈夫!そんなやわな奴じゃないから。」
「ごめんなさい!ごめんなさい…朱里ちゃん傷つけた…ボクはまた大好きな人を傷つけた!」
「日向っ!違う。しようと思ってした事と、朱里を刺してしまった事は別物だ!朱里なら大丈夫だから…。」
日向を抱きしめる腕が震える。
大の男が視線を気にせず泣いてしまう。

「日向くん、おじさんと行こうか…?」

青木さんが声を掛けてきた。
傍らに木田さんも来ている。
いつの間にか何台ものパトカーや警察の車輌が公園を囲んでいた。
ゆっくりと日向が自分の意思で俺から離れていく。
思わず手に力が入る。

「正親兄ちゃん、ボク行ってくる。」

日向の目はすでに覚悟を決めた。そんな目をしていた。
俺は力を緩め、日向の手を離した。

日向は佐々木さんに向かって
「佐々木のおじさん…向日葵見れなくなっちゃった。夏楽しみだったんだけどな…。」
そう言って歩き出した。
佐々木さんは涙を流し口を手で押さえた。

「日向っ!!」

連れられて行く日向の背中が消えそうで、叫ぶ。
日向は振り返ると笑って見せた。
その笑顔は朱里が日向に心配ないと見せた笑顔と同じだった。
日向は俺に心配しないでと言いたかったのか?!
そう思うと、涙が溢れ止まらなくなる。
佐々木さんに支えられて立ち上がるのがやっとだった。

周りは騒然としている。
なのに俺の耳には入ってこない。
まっすぐに日向だけを見ている。
青木さんと木田さんに挟まれ車に乗り込む。
走り出す車を見つめる。
これは最後の別れじゃない。日向はまた向日葵に帰ってくるんだ。
日向は一度も振り返ることなく車は見えなくなった。
ここにいる全てを大人は無力だった。

車中では公園から離れたことがわかると、日向は声を上げることなく、泣いた。
木田はそっと日向の手を握った。
青木は無言で頭を撫でた。
『この温かさをボクは信じれなかったんだ』
堪えてた声がこぼれてしまう。
二人は静かに日向に寄り添っていた。



朱里の左肩の傷は子供の力といえ死のうとしていた力は強く、傷の深さは5センチに達していた。
主要となる血管などは奇跡的に避けられいたので命に関わることなく、数日で退院出来るとのことだった。

その後、日向は医療保護入院となり治療を受けることになった。
二人になった人格を一つにする為。

数日が経ち朱里が退院した。
青木さんから連絡があり日向の治療前に人格がすでに融合していたと担当の先生が言ったと…。
人格が創られる要因は幾つかあるが、日向の場合虐待や、愛されたい欲求が強かったのが原因で、そのどちらも解消されたうえに、俺たちの存在が後押ししたとの事だった。
日向はこれから、児童自立支援施設に行く事が決まった。

「日向くんに会いたいな。」
「そうだな。今度会いに行こうな」

窓から差し込む日差しが暖かく家の中を包んでいた。
子供たちがその日差しの下で寝転がる。
幸せな光景だと思った。

「ひなたくん…」

瞬が目を閉じながら、呟いた。
子供たちが一斉に瞬を見た。
そのまま子供たちは目を閉じ微笑む。

もうすぐ春が終わり夏になる。向日葵の季節がやってくる。



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