オレンジロード~商店街恋愛録~


時間もお金も出会いもない沙里は、恋愛なんてものはもうほとんど諦めた。

で、その代わりに憂さを晴らす場所となっているのが、商店街の中にある安居酒屋『えびす』だ。


仕事を終えた夜遅く、居酒屋でビールを煽ることだけが生きがいだなんて、なんともおっさんくさくて寂しい毎日なのだが。



「もう、聞いてよ、店長! あたし今日も清水のおっちゃんにセクハラ発言されたからね! あんなのが商店街の組合長だなんてやばいわよね!」

「愛情表現だよ、サリーちゃん。清水さんも悪気はないから」

「それはわかってるけどさぁ。『ピチピチ』とか、死後でしょ。褒めてくれるのはありがたいけど、もうちょっと表現ってものがさぁ」


『えびす』の店長は、ほぼ毎日やってきて愚痴を言い続ける沙里に、嫌な顔ひとつしないでいてくれる。

それに甘えているというのも、自分でどうかとも思うけれど。


店長は厨房のことなど放ったらかしで、沙里と同じように熱燗をちびちびと飲みながら、



「サリーちゃんは、この商店街、嫌いかい?」

「嫌いじゃないわよ。でも、大好きっていうほどではない。だって、よくも悪くも平和で、つまらないじゃない」

「確かに、サリーちゃんみたいな若い子には、刺激がなくてつまらないだろうねぇ」


いや、あたしもう、そこまで若くはないんですけどね。

と、言ったら認めてしまうことになるので、言葉は喉元で飲み込んでおく。


アラサーってのも大変だ。



「浩太もつまらないと思うかい? この商店街」


店長は、横で焼き鳥を焼いているバイトの浩太に話を振った。

浩太は無愛想に「別に」と返すだけ。




こいつは、ほんとに、まったく。



浩太はフリーターで、『えびす』でバイトを始めて1年ほどになるだろうか。

曲がりなりにも客商売なのに、笑顔ひとつ見せず淡々と仕事をこなすだけで愛想なんて欠片もなく、真面目といえば真面目だけど、目つきが悪くて怖いし、とにかくどうして店長はこんなのを雇い続けているのだろうかと、沙里はいつも不思議に思う。


いつも通り、浩太の「別に」で会話が止まり、沙里は呆れ半分でビールの残りを喉に流した。
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