恋するキオク



精神科のカウンセリングや脳の検査の他にも、体の休養が必要だってことになって

私はそれから3週間くらい、入院を続けることになった。



その間も、あの人は毎日のように訪れてくれた。



「あの、すみません。聞きたいことがあるんですけど」


「省吾でいいよ、ずっとそう呼んでたんだから。何が聞きたいの?」


「あ……。しょ、省吾と私ってどれくらい付き合ってたのかなって」


「一年ちょっとかな。どうして?」


「いえ……」



そんなに付き合ってたのに、忘れてることが申し訳ないと思った。

私が静かに下を向くと、省吾はベッドのすぐ隣に腰を下ろした。



「陽奈、何も心配しなくていいって。オレはずっと陽奈のそばから離れないから」


「…うん」



ドクン、ドクン…


省吾に見つめられるたびに、心臓が強く胸を打ち付ける。

それが恋心なのかはわからないけど、その鼓動はいつも苦しくて切なかった。



深いブラウンの瞳の奥。

その目を見るほどに、感情が激しく揺らされるのに

今の私には何も分からない。



ただ何かを求めるように、伸ばしたくなる手だけが虚しくて。

空気のように掴めないものを、追いかけようとする心が過去を迷わせる。



それはまるで、
記憶の中で恋をしているような

そんな不思議な感覚だった。








「今日は午後から外出許可が出てるから。でも院内の敷地だけね」


看護士さんがそう言って体温計を差し出す。

今日は天気がいい。

でも省吾は都合で遅くなるからって、この日は夕方から来ると聞いていた。



「一人で出るのは…、やっぱりダメですか」


「えーっ、それはちょっと困るかな。いつもの彼は来ないの?」


「今日は少し遅くなるって」


「そっかぁ。じゃあ私が手の空いた時間にここ来るから。あまり時間取れないかもしれないけど、それでいい?」


「はい」



久しぶりの屋外。

短い時間でもいいから、思いきり深呼吸したいもん。





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