恋するキオク



でも……

静かに見下ろされる視線は、さっきみたいに冷たいものじゃなかった。

デニムの後ろポケットに手を入れたまま、圭吾は少しずつ私に歩み寄る。



「今日はあいつと家にいるんじゃなかったの?」


「……うん」



そう、そのはずだったんだけど。



思わず下を向く。

静かな口調が、今の私にはすごく響いて。

きっと優しくしてくれてるわけじゃない、そう思っても

見上げた表情は、やっぱり省吾と似てるから……



「はぁーっ……。オレの前で泣いたって何もできないって」


「うん……ごめん、ごめんね…」



泣くつもりなんてなかったのに、なんだか胸がぎゅってなったら止まらなくなった。

じっとこっちを見てる圭吾の温もりが、触れてないのに伝わってくるみたいで。

静かだった暗闇に、私の声だけが目立った。




ケンカなんてしたこともなくて。

不安になることはあったけど、いつも省吾が優しくしてくれて。

ずっとずっと、笑ってくれてたから……



後ろから陽奈って呼ぶ柔らかい声とか、繋いでくれる力強い手の平。

ドキドキして、
いっぱいときめいて。



何がダメだったのかな。

こんなとこで泣くより、省吾の前で泣けば良かったのかな。

でもそんなんじゃ省吾を困らせるだけだし、今だって目の前にいる圭吾に迷惑かけて…




「……送ってくよ」


「えっ…」


「どうせオレが原因だろ」



……っ


慌てて首を振ったけど、圭吾は何も言わないで私の前を歩き始めた。

原因……
そんなこと言われたら、なんだか辛いよ。



前を進む背中が、省吾の後ろ姿と重なった。




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